昭和初期、三菱第四代社長の岩﨑小彌太氏が孝子夫人のために京人形司の老舗「丸平大木人形店」の五世大木平藏に特別に注文した雛人形。幼児の姿の稚児雛15体が、寄贈記念の展覧会以来2年ぶりのお目見えです。人形たちの愛らしい顔立ちを見つめ、しばし夢の世界に心遊ばせてください。
夫妻のために作られた愛くるしい「稚児雛」
内裏雛豪華な装束の織りや染め、刺繍や金工など、丁寧に拝見したい雛の美。男雛は皇太子のみ着用を許される鴛鴦(えんおう)文が入った黄丹袍(おうにのほう)という装束をまとうことから、本作は皇太子のご成婚を模したものといわれる。背景は日本画家・前田青邨に絵の手ほどきを受けた岩崎小彌太筆「紅梅図」。可愛らしい顔立ちの幼児の姿をした稚児雛は、昭和のはじめに岩﨑小彌太氏が夫人の孝子さんに贈った逸品です。当時、懇意にしていた丸平大木人形店によって、約3年もの年月をかけて特別に製作されたといわれ、その細やかな作りは見事なものです。
皇太子のご結婚の様子を模して考えられ、衣裳の一つ一つまで、丁寧に作成された雛人形。布の端々まで二つと同じものはなく、糸の染めや刺繍、金工など、手をかけて仕上げられています。男雛、女雛ともに、胴体は木彫り。胡粉塗りの裸体に色彩を配した三つ折れ人形は、立ち居自在の構造がよく、頭(かしら)は名人十二世面庄(めんしょう)の手によるもので、どの角度から見ても、生き生きとした表情です。
三人官女宮中の女官を模した人形は、右から「長柄銚子」「嶋台(しまだい)」「加銚子(提子)」を持っている。中央が年長者と思われ、頭は十二世面庄の木彫り一点もの。着物はすべて地紋の向鶴菱紋の刺繍が施されている。背景は「四季草花図屏風」。五人囃子武家のたしなみとされた能の地謡と囃子方から構成される「五人囃子」。向かって右より「謡」「笛」「小鼓」「大革(大皮)」「太鼓」と並ぶ。笑みが見える愛らしい人形たちだ。背景は春の草花を描いた「草花図」。岩﨑家で大切に飾られ、愛されてきた稚児雛。他の人形にはないやさしさ、可愛らしさを拝見して、ゆっくりと時の流れに身をゆだねてみてはいかがでしょう。
「老の眼を細めて見るや雛祭り」――岩﨑小彌太
高浜虚子に俳句を学んだ岩﨑小彌太氏。雛祭りを詠んだ句もある。昭和11年には句集『巨陶集』を出している。