岩﨑家をめぐる雅やかなお雛さま
「招かれて儒者も参ずる雛祭」――岩﨑小彌太
岩﨑小彌太氏の還暦祝賀の日、東京・麻布の鳥居坂本邸庭園で撮影された夫妻のポートレイト。孝子夫人のお着物は小彌太氏の干支「卯」にちなんだ兎文様。静嘉堂文庫は明治25年、岩崎彌之助氏により、神田駿河台の自邸内に創設されました。静嘉堂の名は、『詩経』にある「籩豆(へんとう)静嘉」(祖先の霊前への供物が立派に整う意)という句から採られた彌之助氏の堂号に由来します。
麻布鳥居坂の本邸の大広間。内裏雛は源氏枠御殿の中に飾られている。往時の華やかな雛飾りの様子がうかがえる。敷地内にある霊廟は彌之助氏の3回忌に建立された。岩﨑家ゆかりの建物を数多く手がけたジョサイア・コンドルの設計。付近は緑豊かな丘陵地で富士山も遠望できる。
現在は東京・岡本の地で日本および東洋の古典籍や古美術品を収蔵し、併設する美術館では、多くの人々が古美術品を楽しめる展覧会を開催しています。
岩﨑家の雛は数が多く揃えられたものではなく、誰が見てもその価値の高さが納得できる雛人形であることが特徴です。一つ一つが抜きん出ているのです。
江戸時代の立雛(下写真)もそのうちの一つ。
立雛(次郎左衛門頭)
男雛は像高65センチ、女雛は像高46.5センチ。男雛の袴には菊花紋が型押しで表現されている。着物には、相生の松に熊手と箒を持つ老夫婦の姿が描かれ、謡曲が聞こえてきそうな、なごみの雛である。
引目鉤鼻(ひきめかぎばな)のまん丸の顔立ちが尊ばれる雛人形は、貴族や公家、大名家などで愛され、その人形を作った人形師「御雛屋次郎左衛門」の名から「次郎左衛門頭(がしら)」と呼ばれて、雛人形の中でも最高の格式と位置づけられるものです。
男雛は像高が65センチと最大級の大きさであり、岩﨑家が誇る芸術品の一つとして歴史を積み重ねています。