真新しい帆船 ──武者小路千家家元後嗣 千 宗屋
ギャラリーを抜けると、庭に面した外廊下に至る。背後の多宝塔は補修し、従来の位置から少し移動させた。美術館の庭と、隣接する大阪市立旧藤田邸跡公園を隔てていた壁を取り払い、もとの藤田家の敷地がひとつながりに。公園から直接美術館にアクセスできるようになった。コロナ禍で、すべてが止まってしまった感のある2020年。茶の湯の世界では、2月末を最後にすべての茶会がなくなった。この連載から派生し3月に行われる予定だった大阪太閤園での『太閤茶会』は未だ再開のめどを立てられずにいる。
また3月からは、美術の世界でもほとんどの展覧会が開催を見送られ、東京国立博物館では法隆寺の百済観音像がわざわざ運ばれながら、報道への内覧のみで一般公開されないまま会期を満了、ひっそりと奈良にお帰りになったことを知る人は少ないかもしれない。
そんな中、藤田美術館では粛々と2022年春の新装開館に向けて工事が進んでいた。混迷を極めた年にあってそもそも休館中であり、期せずして新しい時代、生活様式が模索され始めた時節にそれにふさわしい美術館のあり方を形作ることが出来たのは運が良いとしかいいようがない。
やがて夏も過ぎ文化の世界もそろりと動きを見せ始めた頃、清館長から建物完成の嬉しい知らせが届いた。早速夫婦揃って拝見に伺ったが、網島の街角に様変わりした新生藤田美術館の軽やかな第一印象は、この連載のタイトルにも通じる「青空に帆を翻した真っ白な帆船」だった。
ガラスに囲まれ開放的なエントランス部分は広場のようで、左奥には様々な仕掛けが施された多目的な広間茶室が備わり、片側には受付兼カウンターキッチンまで設えられているという周到さ。いまはまだ人が大勢集まることは難しいが、いずれここが大阪の新たな文化の発信拠点として機能することは間違いないだろう。
奥の巨大な一面の白漆喰壁のまん中には懐かしい旧蔵の重厚な鉄扉が取り付けられ、そこを潜くぐると美の別世界。最初のひと間は狭く暗転し目の前にはただ一点の美術品が飾られ客を迎える。左へと歩みを進めると幅は狭く天井の高い通路があり、突き当たりに背丈のある作品も展示可能なガラスケースなしの床の間のような展示スペース。そこを抜けるといよいよ展示室本体へと足を踏み入れることになる。
明から暗、そして広から狭、そしてまた広へと意識の変換を促す空間設定は、寄付きから露地を抜けて本席へと至る茶事空間を意図しているようにも感じられる。
蔵をそのまま改装した以前の建物と異なり、収蔵作品の性格を良く考慮した展示室は新しく細やかな工夫に満ちており、ここにいずれ収まるであろう作品をあれこれ想像しながら、未だ主役の到着していない舞台を見るのは、いまだけに許された贅沢といえる。ただ新しいばかりではなく、そこかしこに旧館の古材が使われているところに、懐かしさと館の皆さんの愛情を感じ嬉しくなった。
出来上がったばかりの船は、いま新しい時代へと真っ白い帆を広げ、大海原へ漕ぎ出した。これからの航海の行く末を見守り、また折に触れ航路を共にしたい。
Information
藤田美術館
大阪市都島区網島町10-32
藤田美術館一部公開
美術館竣工にともない、「土間」のスペースが4月より先行公開されます。お茶とお菓子などをお楽しみいただけるほか、各種イベントも開催予定。詳細は順次、公式サイトにて発表されます。 ※変更の可能性もあるので必ずHPをご確認ください。
〔特集〕藤田美術館の新たな船出 新美術館で名品と遊ぶ
撮影/小野祐次 構成・文/安藤菜穂子
『家庭画報』2021年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。