第1回 枡野俊明(住職・庭園デザイナー)
境内を歩き、木々や草花を愛でる朝の時間は季節の移ろいを肌で感じられる、小さな幸せのひととき。竹林の中にある鐘楼堂も枡野さんのデザイン。枡野俊明(ますの・しゅんみょう)1953年神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺第18世住職。庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授。2006年『ニューズウィーク日本版』の“世界が尊敬する日本人100人”に選出される。『気持ちが折れない禅の習慣』(秀和システム)など著書多数。「今日も生かされていると感じる瞬間── 。日々の当たり前の中に幸せはあります」
私にとりましての「小さな幸せ」。それはまず、毎日毎日、朝目覚めることができることです。
ともすると私たち人間は、毎日朝目覚め、昨日と同じく一日が始まるような錯覚を持ってしまいがちですが、実はそうではありません。
人間、いつ旅立たなければならないのか、誰も知る由がないのです。万が一、朝、目覚めることができなくても不思議ではありません。
このように普段気がつかないような、日常にある当たり前のことがいちばんありがたいのです。
「今朝も目覚めることができた。ありがたい、ありがたい」と心の中で感謝をして一日が始まる朝の時間が、私にとってまず初めに「小さな幸せ」を感じるひとときです。
小さな幸せの鍵は「柔軟心」と朝にあり
枡野俊明ご住職直筆の書、“柔軟心”。コロナ禍の日々、思うように事が運ばず、おつらい気持ちになられたこともあったでしょう。
そんなときに思い出していただきたいのが禅語の一つ、「柔軟心(にゅうなんしん)」。柔らかく、しなやかな心で生きなさいという教えです。
江戸時代後期、曹洞宗の托鉢僧として皆に親しまれ、生涯を清貧に生きた良寛さんは「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候」といっています。
避けようのない災難が来てしまったら、まずは受け入れ、そこから動くしかない。こうでなければならないといった固定観念に縛られず、マイナスの心をプラスに転じていくのが禅の基本的な考え方なのです。
新本堂にて庭に向かい、坐禅をする枡野俊明ご住職(中央)、照井愼思和尚(左)、枡野祐信和尚(右)。コロナ禍で、法要を泣く泣く断念しようとしたお檀家さんのためにオンライン法事を行ったり、参拝者なしで行われた除夜の鐘つきや坐禅映像をYouTube配信するなどの時代に適した新しい試みは、まさに“柔軟心”あればこそ。では、物事を一方向からだけではなく、360度見渡せるような「柔軟心」を備えるにはどうしたらよいのか。
そのためには、心のゆとりを持てるような朝の過ごし方がいちばん大切だ、と私は思っています。どうぞ、毎朝今より30分だけ早起きしてみてください。
最初の10分ですべての窓を開け、空気を入れ換えます。大きく深呼吸して朝の澄んだ空気を体内に取り入れましょう。そして坐禅を10分。
禅語の「調身、調息、調心」は、姿勢や呼吸を整えることで心も整えられると説いています。
最後の10分にはぜひ掃除をおすすめします。身体と心は一体のもの。身体を動かし掃除をすることで自分の心も清められ、終わる頃には清々しい気分になっていることでしょう。
“椿の寺”としても有名な建功寺。彼岸桜や白木蓮などの花々が、季節ごとに境内を彩ります。朝のひとときの積み重ねを大切にして柔軟心を保てれば、日々の当たり前の中に小さな幸せを見出せるようになるはず。きっと人生が変わります。
撮影/本誌・西山 航 スタイリング/阿部美恵(静物) 取材・文/小松庸子
『家庭画報』2021年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。