胃が分泌する胃酸が食道や十二指腸にも影響する
ピロリ菌が胃・十二指腸潰瘍や胃がんの原因になる
胃にはさまざまな病気が起こり、さらに胃の状態は食道や十二指腸にも影響します(下「発症頻度が高い胃と食道の病気」参照)。
胃酸の中で繁殖するピロリ菌は、胃・十二指腸潰瘍や胃がんとの関係が明確です。
「現在60代以上の人はほとんどがピロリ菌を持っています。赤ちゃんのときに親が咀嚼したものを食べたときに感染したと考えられています。市販の離乳食の普及などで40代以下の人たちのピロリ菌感染率は4パーセント程度です」。そこで、胃がん検診は幅をとって50代以上が対象になっています。
一方、「ピロリ菌を持っていない人のほうが胃や食道の症状が出やすい」と河合先生。ピロリ菌の影響で起こる萎縮性胃炎では胃酸の分泌が抑えられますが、「ピロリ菌がいないと胃酸がちゃんと出るために、かえって胃酸の影響が表れます」。
胃もたれや胃痛などの症状があり、一方で胃内視鏡検査では病変が見つからない機能性ディスペプシアの患者さんも増えています。「胃もたれの実態はよくわかっていません。機能性ディスペプシアには十二指腸の不調が関係するという説がありますが、詳細なメカニズムは不明です」。
なお、胃下垂は胃の大きく曲がる部分の角が骨盤の上の左右を結ぶ線よりも下にある状態をいいます。河合先生によると、胃下垂そのものではほとんど症状はなく、程度がかなり進まないかぎり、心配はないそうです。
発症頻度が高い胃と食道の病気
●急性胃炎(急性胃粘膜病変)
胃に急激に炎症が起こるもので、上腹部の痛み、吐き気・嘔吐、吐血、下血などの症状が出る。胃内視鏡で検査すると胃の粘膜の表面に隆起、びらん(浅い欠損)、出血といった病変がみられる。非ステロイド系消炎鎮痛薬、抗菌薬、アルコール、ストレス、暴飲暴食、細菌・ウイルス感染、生魚にいるアニサキス(線虫)など原因はさまざま。
●慢性胃炎
胃の粘膜の慢性的な炎症。胃もたれや胃の痛みなどが出ることがあるが、症状がないこともある。ピロリ菌感染による長年の炎症によって胃の粘膜が縮んで薄くもろくなっている萎縮性胃炎が代表的。萎縮性胃炎は胃・十二指腸潰瘍や胃がんのリスクがある。胃の粘膜の欠損がみられる、びらん性胃炎は胃がんなどのリスクは低いとされている。
●胃・十二指腸潰瘍
胃や十二指腸の粘膜にできる潰瘍(炎症による傷)。胃が分泌する胃酸やたんぱく質分解酵素のペプシンが自身の粘膜を溶かし、粘膜の一部が欠損する。ピロリ菌が発症や悪化の原因となることが多い。一部の薬剤やストレスなども引き金となる。
●胃ポリープ
胃の粘膜の表面にできる隆起。ポリープそのものによる症状はなく、健康診断や同時に発症している胃炎や胃・十二指腸潰瘍の検査などで発見される。胃粘膜の表面が荒れた後の修復過程で粘膜が盛り上がり、がん化が少ない過形成性ポリープ、胃底部に多発する胃底腺ポリープ、萎縮した粘膜にでき、がんのリスクがある腺腫などのタイプがある。いずれも胃内視鏡検査で見つかった場合は一部を採取して、がんかどうかを調べる。
●胃がん
胃の粘膜の表面に発生するがんで、次第に胃壁の中に浸潤する。ピロリ菌が長期間にわたって炎症を起こすことで胃が変性して萎縮性胃炎になるのが主な原因。胃壁が硬くなる、発見が難しいスキルス胃がんというタイプの胃がんもある。
●機能性ディスペプシア
慢性胃炎や胃潰瘍のような胃もたれや胃の痛みがあるが、内視鏡検査などで調べても胃粘膜には異常がない。このような胃の機能低下の状態が一定期間にわたって続く場合に機能性ディスペプシアと呼ぶ。
●胃食道逆流症(逆流性食道炎)
胃液が食道に逆流し、胃液の酸によって食道の粘膜に炎症が起こる。胃食道逆流症のうち、びらんがあるタイプが逆流性食道炎、びらんがないタイプが非びらん性胃食道逆流症と呼ばれる。胸やけ、嚥下障害、背中の上部の痛み、みぞおちの不快感などの症状が出る。
●食道がん
食道の粘膜の表面に発生するがん。50代以上の男性に多い。飲酒との関連が強く、特に飲酒で顔が赤くなるタイプの人が無理にお酒を飲むとリスクが上がることが知られている。吐き気・嘔吐、飲み込みにくさ、背中の痛みなどが出るが、進行して呼吸がしにくいなどの症状から見つかることも。
〔解説してくださったかた〕河合 隆(かわい・たかし)先生東京医科大学 主任教授 同病院内視鏡センター 部長 健診予防医学センター 部長。1984年東京医科大学卒業。88年同大学大学院修了。医学博士。2003年の内視鏡センター創設以来、部長を務める。05年同大学助教授、16年から主任教授。専門は上部・下部消化管疾患、ヘリコバクター・ピロリ、食道がん・胃がん。20年の第100回日本消化器内視鏡学会総会会長など要職を歴任。 取材・文/小島あゆみ イラスト/にれいさちこ
『家庭画報』2021年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。