「山居」の床
伝 弘法大師筆 南院切
昭和初期に建てられた箱根・木賀の里の山荘で行われたのは「山居」の茶事。
森の木立からは絶え間なく鳥のさえずりが聞こえ、邸内の清冽な谷川は強羅からの流れ。山に抱かれた地ならではの茶事のテーマです。
茶碗は、光悦の黒茶碗で、銘「朝霧」。「山居」のテーマに、「朝霧」の銘が趣深い。茶器は江岑在判利休小棗。釜は、肩衝胴絞筒 山城造。風炉先は桑七宝透、遠州好。水指は南蛮糸目 平瀬家伝来。小間には、「南院切」が掛かります。
弘法大師(774~835年)が書いたと伝わる『新撰類林抄』の断簡。唐代の詩作を集めた書で、京都国立博物館所蔵の巻物は国宝ですが、ほかはすべて切られているために南院切と呼ばれ、これも重要美術品。平安時代の草書は稀少で、三筆の一人、空海(弘法大師)筆とされる美しい書です。
『新撰類林抄』断簡 南院切 重要美術品伝 弘法大師筆。高野山南院に伝来したものの断簡なので、茶南院切と呼ばれる。漢詩は、樹間を鳥が飛ぶ草堂で酒を呑み、ほろ酔い気分のうちに朝を迎えた泰平の歓びを詠んでいます。まさに「山居」です。
荘重な南院切なので、普通は濃茶にしますが、亭主は薄茶でもてなしました。「山居の清々しい空気感は薄茶でこそ味わえる」と。
「朝霧」で薄茶をお出しする。席には軽やかで洒脱な気分がみなぎります。床の花は柿蘭。山野に自生する花を入れて、薄茶を飲みながら二人の語らいが続きます。
山荘茶室の床。南院切の一文字風袋は紫地金襴で表具も素晴らしい。花は、柿蘭。宋の海鼠釉の方尊瓶に。茶杓は、遠州の「くせ舞」。節の上下に斑紋が広がる美杓。節が面白いので、謡曲(節)からきた銘をつけている。