川野医師の診察室から
*実際の症例をもとに内容を変更して掲載しています。
【ケース・1】
定年退職後、若者の言動やマナー違反にイライラ。不眠に悩み、薬も効かない→「歩く瞑想」を習慣に半年。他人に腹が立たなくなり、「家庭も平和になりました」
「眠れない。内科で処方された睡眠導入剤も効かない」と受診に来られたA男さん(66歳)。薬の種類や量を調整しながら月一回の診察を続けていくと、お話の中で「若者が席を譲らない」「運転マナーがなってない」など不満が多いことに気がつきました。
半年が過ぎた頃から、「実は定年退職してからイライラが強くて、我慢するのに疲れる」とご自身の内面を話し始めました。
「これは自分自身の問題だと思う。薬以外の方法で治療したい」とおっしゃるのでボディスキャン瞑想(体の各部に順に意識を向ける瞑想)を試していただくと「しばらく味わったことのない解放感があった」と好反応でした。
ウォーキングをしながらの「歩く瞑想」も習慣になり、約半年後「腹を立てることが減った」というのです。
定年退職後、自分の存在価値を見失い、威厳を示すために他者に批判的になるかたが少なくありません。A男さんはそんな自分に気づき、受け入れることで自己肯定感が上がったと考えられます。
後日、ご夫婦で私の講演会に来てくださったとき、奥さまも「主人がすっかり丸くなり、家の中が平和になりました」と喜んでおられました。
【ケース・2】
「こうすべき」との思いが強く職場で浮いた存在に。この怒りを何とか抑えたい→「走る瞑想」「漕ぐ瞑想」が性に合い、楽しく続けられた。気づいたら自分自身に変化が
医療従事者のB子さん(40歳)はエネルギッシュで独立心旺盛な女性。「こうすべき」との思いが強すぎて、上司とぶつかり部下をきつく叱り、職場に居づらくなって転職や異動を繰り返していました。
イライラを軽減する漢方薬も全く効かず、気分調整薬で怒りを抑えながら他の方法を模索しました。
数か月後、マインドフルネスをやってみたいとおっしゃるので、呼吸瞑想をおすすめしましたが、集中できない自分にイライラしてしまい長続きしません。
ジムに通っていると聞き、ランニングマシンやエアロバイクを使った「走る瞑想」「漕ぐ瞑想」を提案すると、運動好きなB子さんの性に合ったようです。1年後にはイライラも薬の量も減り、「今の職場でなんとかやっていけそうです」。瞑想の習慣がB子さんの心に変化をもたらしました。
川野泰周(かわの・たいしゅう)さん
臨済宗建長寺派林香寺住職、精神科・心療内科医、RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。1980年生まれ。慶應義塾大学医学部医学科卒業。精神科医療に従事した後、3年半の禅修行を経て2014年より実家の横浜・林香寺の住職となる。寺務と精神科診療の傍ら、講演活動などを通してマインドフルネスの普及と発展に力を注いでいる。著書に『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)ほか。公式ウェブサイト https://thkawano.website/
「寺子屋ブッダ」https://www.tera-buddha.net/ 取材・文/浅原須美 撮影(川野さん)/鍋島徳恭
『家庭画報』2021年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。