カブトムシに対する西の横綱はもちろんクワガタムシだ。
特にオオクワガタは希少で滅多に捕獲することができず、その輝く外観と高価さから黒い宝石の異名を持つ。30年前は全長75ミリを超えた大型の野生個体に100万円の値札が付いたこともある。現在は人工繁殖の方法が進歩して比較的安価になったとはいえ、オス・メスのペアで1万円前後といまだになかなかの高級昆虫だ。
飼い方はプラスチックケースに湿らせたクヌギのフレークを敷き、ほだ木を転がしておくだけ。エサは昆虫ゼリーの他にリンゴなども与える。彼らは寿命が長く3年以上生きるので、冬は湿度を保ちつつ凍らない程度に寒い場所で冬眠させる必要がある。
特筆すべき習性として、夫婦仲が非常に睦まじいことがあげられる。自然界ではどちらかが死ぬまで木の洞(うろ)などでひっそりと暮らすのだが、こんな虫は他にあまりいない。ただし飼育する場合は、相性が合わないとメスがオスを傷つけるので注意したい。メスは好みではないオスがしつこいと、その小さくてペンチのような顎でオスの脚を咬み切ったり、腹に穴を開けて体液を吸って殺してしまうことがある。
小学生の男の子ならともかく成人女性が「昆虫が好きです」と言えば、虫めづる姫君の疑いがかけられてしまうが、「チョウチョウが好き」なら美しいものが好きな女性だと思われる。ならばそれを飼ってみては如何だろうか。
おすすめはアゲハチョウだ。ただしチョウ飼育の現実は美しい成虫と暮らすのではなくイモムシを育てることである。アゲハは三化性の昆虫だ。カブトムシのように1年に1回成虫が現れるのを一化性という。1年に3回の場合は三化性だ。
すなわちアゲハは蛹で越冬してから羽化した春型、それが産卵して卵から成虫になった夏型、同じく秋型の計3回の成虫発生がある。秋型の成虫が産んだ幼虫は晩秋に蛹になって越冬するのでやや面倒くさい。春型や夏型の成虫が産んだ卵から育てるのが楽しい。
アゲハの卵は山椒や柑橘系の木の葉に産み付けられる。注意深く探せばけっこう堂々と葉の表面に乗っかった直径1ミリ程の黄色い粒を見つけることができる。これを持ち帰るのだが他人様の庭先の木の枝をもいでしまうわけにはいかないので「アゲハの卵と葉っぱを一枚譲ってくださいな」と言って木の持ち主に許可を得る。
さて卵は1週間で黒くなり、2ミリの一齢幼虫が生まれる。この時までに近所のホームセンターで幼虫のエサとなる山椒の植木を購入しておく。ベランダに置いた植木の葉を摘んで室内で幼虫に与えるのである。その理由はアゲハの幼虫の身体に寄生蜂がたからないようにするためだ。卵から育てる意味もそこにある。寄生蜂に産卵された幼虫は生きたまま蜂の子に食われてしまう。健康なアゲハの幼虫はモリモリ食べてポロポロと糞をする。
一齢幼虫は脱皮を繰り返し、二齢から三齢、そして四齢幼虫へと成長する。四齢から五齢になる脱皮は感動的だ。鳥の糞に擬態した地味な白黒の身体が鮮やかな緑色になるのだ。その後さらに大きな六齢幼虫になる。ずんぐりした大きな頭にギョロ目があるように見えるがこれは敵を威嚇する模様であり、本物の頭部は胴体の先っちょにある。
卵からここまで約1か月半、もうイモムシが気持ち悪いとは思わないはず。しかし可愛いからといってツンツンしてはいけない。怒ると首の後ろから黄色いゼリーのような角を突き出し、変なニオイをまき散らして抵抗する。やがて六齢幼虫は最後の脱皮をして蛹になる。この頃にはベランダの山椒もすっかり食べられていることだろう。
そして2週間後、待ちに待った瞬間が訪れる。蛹が割れて羽化が始まる。シワシワの羽をゆっくりと伸ばすその姿は神々しく、時が経つのを忘れる。羽が伸び切って羽ばたき始めたら窓を大きく開けて見守ろう。初夏の日の光を浴びて青空に消えていくアゲハチョウの姿は夢のように美しい。
「さようなら、達者でね」
でもメスだった場合は、きっとベランダの山椒に卵を産みに帰ってくる。