招致活動で気づいたオリンピックの真価
松岡 小谷さんが現在のポジションに最適だと僕が思う一番の理由は、シンクロナイズドスイミングの日本代表として、オリンピックを経験されていることです。やはり、それは大きいのではないでしょうか。
小谷 そうですね。ご存じのように、松岡さんも出場されたソウルオリンピックでは銅メダルを獲って、休養期間を経て臨んだバルセロナオリンピックでは代表として現地入りしたものの、出場できませんでした。バルセロナを目指していた時期は、「小谷実可子、まだやるの?」という声も聞こえてくるなかで演技をするのが、すごく苦しかったのを思い出します。搔く水も重いし、呼吸も苦しい。大きな声援を受けていたときとは全然違いました。
松岡 そんな苦しい思いをしてまで、なぜ出ようと思ったのですか。
小谷 バルセロナ大会の前に長野オリンピックの招致活動に参加して、開催地が決まるまでにどれだけの人が時間と労力とお金をかけ、汗と涙を流しているか、そして、開催地の人たちがどれほど大会を心待ちにしているかを知ったんですね。それで自分のなかでオリンピックの価値がすごく高まって、バルセロナに出たい!という気持ちになって。それまでの私は、4年に1回オリンピックが開かれるのを当然だと思っていたんです。でも、そうではないことを招致活動を通じて知りました。
松岡 なるほど、招致活動がオリンピックに対する見方を変えたのですね。そして、2つの大会での経験が現在のお仕事に生きている。
小谷 はい。成功した幸せなオリンピックと、出られなくて苦しかったオリンピックの両方を経験できたことは、“陸おか”に上がってからの人生にすごく役立っています。
出場が叶わなかったバルセロナ大会で得たもの
「小谷さんには厳しい現実を受け入れて、前に進む力に変える力があります」── 松岡さん
松岡 具体的にはどういうふうに役立っているのでしょう?
小谷 敗者の気持ちがわかるということもありますが、それよりも私にとって大きいのが、“オリンピックの神様”の存在を知ったことです。バルセロナのとき、私は本調子ではなく、出場できるだろうかという不安も抱えていました。神様はそういう人間には演技をする機会を与えてくれないんだな、オリンピックとは厳しい場所なんだなと思い知ったんです。オリンピックの神様は見てるぞ、ということが自分に植えつけられたのが、あの大会でした。
松岡 その経験があって、今の小谷さんがあるわけですね。小谷さんには厳しい現実を受け入れて、前に進む力に変える力があります。コロナ禍という厳しい現実に直面している今、とても心強い存在です。
小谷 そんなかっこいい話ではないですけどね。オリンピックの神様がウイルスに勝てるかといえば、難しいかもしれません。ただ一ついえるのは、神様に恥じない日々を過ごしていなければ、神様は微笑まないだろうということです。選手は「ここまでやったのだから、大会で最高の演技ができるぞ!」と思えるとき、強いじゃないですか? それと同じように、やれることはすべてやらないと、と思っています。
松岡 人事を尽くして天命を待つ、ですね。僕たち全員に求められていることだと思います。