〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。
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山笑う、新緑の澄んだ色
文・吉岡更紗本年は春の到来が早く、またたく間に桜が散り、花びらが川面を流れる花筏の美しい風情も、わずかな間でしたが愛でることができました。
京都の風景も、少しずつ新緑が美しい季節になりました。三方の山々の様子を毎日見ていると、淡い澄んだ緑の色が飛び込んできます。『臥遊録』に「春山淡冶にして笑うがごとく」とあるような、山々にある草木がいっせいに若芽を吹き、次々と色づいていく、「山笑う」風景を楽しむことができます。
写真/小林庸浩染司よしおかの工房は、京都を三方から囲む東山の南端、洛南と呼ばれる伏見区にあります。元々は中京区の綾小路西洞院で創業していますが、第2次世界大戦の影響で一時休業し、今の場所に居を構えたのは、戦後となった1950年代です。
その際に、化学染料を主に染色をしていた4代目の祖父が、植物で染色をする技法の研究を少しずつはじめ、工房に染料として使える樹木をいくつか植えました。工房のまわりは住宅街で、周辺は少しずつ整備が進み、新しい住宅や駐車場が増えていますが、工房は当時のまま、祖父が植えた樹々に囲まれた昭和な雰囲気が残っています。
工房に植えられた胡桃の木と黄檗の木。写真/吉岡更紗私は、毎日工房に出勤すると、スタッフと共に掃除をするのですが、落ち葉の時期はいつもより時間がかかります。外の掃き掃除にかかる時間や掃き集めた葉の種類で、季節の移り変わりを感じることがあります。
今のこの季節は落ち葉はやや少なく、樹々が芽吹き、葉を少しずつ広げ、その色が日々濃くなっていくことがわかります。工房の中で一番大きな胡桃の木も、その隣に植えられた黄檗(おうばく)の木も、「萌黄色」と呼ばれる新緑の萌え出る冴えた葉の色をたたえています。
その葉色が、春の澄んだ空の色に映える様子がとても美しく、この季節に見られる色彩の透明感は、染色をする身としては、真似のできない憧れの色でもあります。
写真/坂本正行自然界には緑の色彩はとても多く、草木の葉を用いれば染めることができそうに思われるのですが、草木の持つ緑の色は葉緑素と呼ばれる色素で非常にもろく、水に浸けると流れてしまいます。また、淡い緑に染まったとしても、時が経つと茶色に変色してしまいます。
古来、緑の色彩を表すには、まず布や糸などを藍染めで青く染めてから、刈安や黄檗などの黄色を染め重ねます。その藍や黄色の色調や濃淡を調整することで様々な緑を生み出してきたのです。
萌黄色は、透明感のある澄んだ色を表すため、色見本は、蓼藍(たであい)の生の葉を使った生葉染めをした澄んだ水色の上に、黄檗の黄色を重ねています。
吉岡更紗/Sarasa Yoshioka
「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。
染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。
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更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。
特別展「日本の色 吉岡幸雄の仕事と蒐集」
染色史の研究者でもあった吉岡幸雄さんは、各地に伝わる染料・素材・技術を訪ねて、その保存と復興に努め、社寺の祭祀、古典文学などにみる色彩や装束の再現・復元にも力を尽くしました。本展では、美を憧憬し本質を見極める眼、そしてあくなき探求心によって成し遂げられた仕事と蒐集の軌跡をたどります。
細見美術館
京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
会期:~2021年5月9日(日)
協力/紫紅社