スーパー獣医の動物エッセイ「アニマルQ」 その昔、いわゆる「生録」というのが流行ったのを覚えていますか。テープレコーダーを肩から提げてパラボラマイクで環境音を録音する、ややマニアックな趣味に若き野村先生もはまっていました。鳥たちが囀る季節、野外に出て改めて耳を澄まして聞いてみると、素敵な世界が待っています。
一覧はこちら>> 第8回 野鳥の囀(さえず)りを録る
文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉
私が中学生になった頃、周囲の友人たちの興味の対象ががらりと変わった。
恐竜の生き残り探しの探検に行こうと誘っても誰ものってこなくなり、話題といえば異性に関することばかりになった。聴く音楽もウルトラQではなく、愛だの恋だのを主題にした歌謡曲に代わった。思春期に突入したので仕方がないが、依然として大人の扉に興味のなかった私は、表向きは話を合わせる努力をした。
当時のこの年齢層の憧れは、もはやカッコいい生き物ではなくステレオだった。これに関しては私も物欲が湧いたが、聴きたいのは天地真理ではなく野鳥の声を収めたLPレコードだった。クラスでトップになったら買ってやると母親が約束してくれたので、頑張って願いをかなえてもらった。
マイオーディオで野鳥録音の第一人者である蒲谷鶴彦氏製作の『日本の野鳥』を聞きながら、平凡社の『月刊アニマ』という自然科学雑誌を読む時、これこそが自分の求めていた大人の世界だと感じた。
ステレオを手に入れると次に欲しくなるのはカセットデッキだ。当時はFM放送を録音して聞くのが流行っていてこれを「エアチェック」と称した。私の場合そのターゲットは毎週日曜日にNHKで放送される『朝の小鳥』だった。
品の良い女性アナウンサーによる現場説明から始まるこの番組は、日本中の野鳥のメッカで生収録した録音テープを流した。しかし毎回鳥たちのコーラスが中心で、その中から特定の鳥の声を聞き分けることが難しかったのが不満だった。
それならば自分で録ろうと貯金をはたいて買ったのがソニーのポータブルカセットデッキだった。通称「デンスケ」と呼ばれたこの機体は、単一乾電池6本で連続2時間のステレオ録音が可能なすぐれもので、当時としては画期的な製品だ。マイクロフォンやヘッドフォン等の機材をセットケースに納めると総重量は15キロを超えた。
私はこれを担いで自然界の音源を求め、野に山に縦横無尽に駆け回り、貴重な生物たちの声を録音し、コレクションを充実させることを夢見た。しかし現実は厳しく、中学生の経済力と機動力ではたかが知れていた。せいぜい頑張っても東京近郊の山に行くくらいが精一杯だった。
そしてこれは実際にやってみて初めてわかることなのだが、録音機材を広げ、マイクをセットし、頭には当時珍しかったヘッドフォンを装着して神妙な顔つきで録音しているその姿、これを偶然通りかかった通行人にじーっと見つめられた時の恥ずかしさといったら、もうたまったものではなかった。
「ねーおかーさん、このおにいちゃん何してるのー」
「録音よ」
「へんなのー」
同年代の女子に見られるのも地獄だった。
「ばっかみたい」
顔から火が出た。写真を撮ったり絵をかいたりするのはむしろカッコいいが、録音をしているところを見られるとどうしてこんなに恥ずかしいのか謎である。