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【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】野鳥の囀(さえず)りを録る

2021.05.25

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イラスト/コバヤシヨシノリ

春の森は野鳥たちの歌声に満ち溢れている。私の経験では繁殖期の鳥たちは、夜明け前の暗い時間が最も賑やかで、日が昇ると途端に静かになる。彼らの姿を見ることはかなり難しいが、美しい囀りは遠くからでも聞こえるし、種類を把握することも容易(たやす)い。彼らのソロは文章では伝えにくいが、「聞きなし」で表現できる。

薄暗い森の茂みからうるさく「チョットコイチョットコイ」と鳴くのはコジュケイだ。飛びながら勇ましく「特許許可局」と叫ぶのはホトトギス。山の神社の境内で聞こえる金属的な「仏法僧、仏法僧」の声の主はコノハズクである。


ブッポウソウという青い羽の夏鳥がいるが、この鳥は「ゲッ」としか鳴かない。長年このブッポウソウが「仏法僧」と鳴くと信じられてきたが、この間違いを正すきっかけになったのは野鳥の声を中継するラジオ番組だったという。浅草で飼われていたコノハズクがこれを聞き、つられて同じ声で鳴きはじめたことから真実が発覚したらしい。

日本の小さな野鳥はどれも地味で同じように見えてしまうが、囀りの違いは誰にでもわかる。小さな鳥を「無理に見る」より「楽に聞く」方がのんびりできる。

ホオジロは「源平ツツジ白ツツジ」、メボソムシクイは「銭とり銭とり」、センダイムシクイは「焼酎一杯ぐいー」、メジロは「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」と鳴くが、どれも個性的で面白い。もちろんこれ以外の多くの鳥にも“当て字”の解釈がある。そうは聞こえないよ、とは思うものの、そう思って身を入れて聞くと不思議なことにそうとしか聞こえなくなってくる。

「バードヒアリング」や「バードレコーディング」をしていて、厄介だなと思えてしまうのがウグイスとカッコウだ。何処にでも現れるこのお馴染みの鳥たちの曲は、他の鳥たちの歌を一気にかき消すパワーがある。さらに囀りが下手なウグイスが登場すると「ホーホケ……?!」などと、途中でやめたり音程がズレたりともどかしい。

また、中には“自分の持ち歌以外”つまり他種の曲を得意げに歌ってしまう鳥もいてこれも紛らわしい。モズはもしかすると、捕食のために盗曲をしているのかもしれないが、それ以外の鳥にも見られる。

囀りは単なる本能的な繁殖行動ではなく、趣味の要素も含まれていると考えると楽しい。「聞きなし」が無用と思えるほど、圧倒的な美声で一度聞くと忘れられなくなるのが次の3種類だ。

アカハラ「キョロン、キョロン、チリリ」
コマドリ「ヒンカラカラカラ」
オオルリ「ピーピールリ、ピーリ、ポピーリ」

なんだか頭の中がピヨピヨしてきた。

ところで、鳥の求愛は鳴管による空気の振動ばかりとは限らない。鳥の録音をしていて恐怖を感じたのが、薄暗い森の中で地面近くから聞こえてくる大きな「ドドドドド」という不気味な音だった。これはオスのヤマドリがメスにアピールするために翼を震わせている低周波である。

青森県十和田市では、空から聞こえてくる謎の音の正体が鳥であることを知って驚いた。「ズピーヨ、ズピーヨ」という鳴き声の後に、「ガガガガガ」と聞こえる大音響がすごいスピードでこちらに接近し、それが何度も繰り返されるのだ。鉛色の曇天を双眼鏡で確認してみると、高空に円を描きながら上昇していくオオジシギの姿があった。この鳥は地面から見えなくなるくらい高く飛び、そこから急降下する時に尾羽で風を受け雷のような大きな音をたてるのである。

現在、大人になった私は機材を自由に選べるし、それらを載せる大型の自家用車も持っている。世界の秘境を探検し、大きな家で好きなだけ珍しい動植物を飼育栽培し、その設備も個人の趣味の領域を遥かに超える勢いだ。

でも、少年時代にビニール傘の集音器とカセットで野鳥の録音に挑んだ時のようなときめきはあまりない。生き物の不思議を知りたくて、初めて見るもの触れるものに新鮮な驚きを感じていたあの頃が懐かしい。

実は毎年楽しみに待っていることがある。13年前に現病院ビルを建ててから、初夏になると必ず美しい渡り鳥のサンコウチョウが屋上にやってきて「月日星ホイホイホイ」と独特の歌を聞かせてくれていたのだ。ところが、山に帰らないヒヨドリが近所に住み着いてから彼は姿を見せなくなった。今年こそは来てくれよと願いつつ、私は今日も寝室の窓を開けたまま明け方を待っている。

野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)

野村獣医科Vセンター院長。最先端の医療機器と高度な診断・治療技術、豊富な経験と研究の積み重ねによる手術の腕を頼って患者は全国から訪れる。動物たちの健康を守るかかりつけ医であり、また難病患者にとっては最後の砦でもある。自身もドーベルマンのビクターを筆頭に多数の生きものを飼育する動物マニア。
『家庭画報』2021年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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