みなさま、和菓子はお好きですか。
生菓子っておいしくって大好物。日々お茶を点てるのは、ほとんどお菓子を食べたいがためかもしれない、と思うことがあります。
京都は菓子に恵まれた町で、季節ごとに「あ、あそこの蒸し薯蕷の季節がきた」とか、「そろそろ水無月を食べなくちゃ」などと思いを巡らせ、菓子を求めては一服し、しあわせな時間を過ごします。
年中手に入れられる菓子もあれば、一年のうち一日しか販売されないものもあるのも面白い。ただし毎年全部を網羅していたら身体を壊してしまうので、この頃は季節を追いすぎず、思い出した時にほどほどにいただくことにしています。
一度食べると虜になる「とま屋」の和菓子
とま屋の店舗。物語に出てくるような可愛らしい建物。そんな中で一年を通してたびたびお訪ねするのがこちらのとま屋さん。東山山麓の永観堂の近く、熊野若王子(くまのにゃくおうじ)神社に向かう坂の途中にある小さなお店。
店主の勝原やよ飛さんが一人で切り盛りされているのですが、わたしはやよ飛さんがお作りになる数種類の季節の生菓子に惹かれて、自転車を漕ぎながら若王子神社への道を上って行くのです。
いつも和服に割烹着姿でにこやかに出迎えてくれるやよ飛さん。いつの間にか親しくさせていただき、季節とともに菓子のラインナップが替わると「食べにいらっしゃい」と声をかけてくださることもあり、そんな時は茶箱を持っていってお茶を点てています。
いつも笑顔で迎えてくださる店主の勝原やよ飛さん。通常2、3種類の和菓子を作っていらっしゃいますが、その中でも年中人気なのがわらび餅。弾力があるのにふわふわなわらび餅の中に、やさしい味のこし餡が入っています。見た目の美しさも味もほかでは出会えないひと品で、一度いただくと虜になってしまう人続出。
とま屋の定番、人気のわらび餅と麩饅頭。注文や地方発送も受け付けていますが、基本的にはその日作った菓子がなくなれば閉店。何度か訪ねても売り切れで、いまだ食べていないという人もあり、事前に電話でお菓子があるかどうかを確認しておくことをおすすめします。
こちらも人気の桜餅、しっとりつるりと喉を通る。異国で暮らす友人家族が口にしたら……
親しい友人一家が長らくインドで暮らしているのですが、以前彼らを訪ねた折に、おみやげにとま屋の菓子をたくさん持って行きました。
徹底したベジタリアンの彼らは、酒もタバコももちろんのまず、きちんとした食生活を送り、素材にはとてもうるさい人たちです。到着した時から、まず齢を重ねたその家の猫が菓子の箱の周りをウロウロし、友人がさっそく「いただきましょう」と銘々皿に盛りつけて、家族で食べ始め(みなさんとてもお行儀よく)、小学生の一人息子くんも1つしっかりと完食。
遠く日本を離れて、和菓子に飢えている彼らに遠慮しながら、わたしも1ついただきました。残りは明日かな、と思いきや、2つ目に静かに手を伸ばすご主人。妻、息子それに続く。
以前東京でお茶を教えていた友人は和菓子にも詳しいのですが、とま屋の菓子は初体験らしく、そのおいしさに驚いていました。さらに、わたしが宿に戻ったその夜のうちに別の箱も開けて楽しんだご様子。
東山を借景にした庭を眺めながら、菓子と茶をいただくこともできる。この母子は、去年から東京に戻っているのですが、時折突然京都にやってきては、わたしには何の連絡もせずにとま屋へ直行するのです。その度にやよ飛さんから「ふくいさん、○○さん(友人の母子)がお店にいらっしゃいます!」と電話が入り、なぜかわたしが店に走ってゆく……。
店内で喫茶もしているので、いくつ食べたか問い詰めると(問い詰める必要もないのですが)、母と息子それぞれが「6つ」とか「7つ」など、すました顔で言う。上生菓子を9歳が7つ! まあ、赤ちゃんの時からきちんとした食材だけで育っているので味覚は確かだとしても……。
箱にたっぷり詰めてもらってテイクアウトもするので、彼らが帰った後は売り切れになってしまうとか。わたしは彼らを睨みつけながら、「そんなに食べたの!(他のお客のことも考えなさいよ)」と呟きますが、自分だって平気で3つや4つ食べてしまうほどおいしいのは知っていますから、本当はちょっと悔しい心境です。
しかし、この類い稀な菓子を彼らに教えたのはわたし、という小さな満足感を抱きながら、努めて大人の態度で接するようにしています。
やよ飛さんはおおらかに笑いながら「わたしは、日本の小豆がこーんなにおいしいってことを伝えるために和菓子を作っているのだからいいのよ」とおっしゃるのですが、こんなにたくさん食べては、値打ちがない。いや、値打ちがわかっているから、食べられる時にたくさん食べるのか……。
たしかにとま屋の菓子は、小豆にしても、蕨餅にしても、素材に透き通ったような清々しさがあり、いくつでも食べられてしまう、恐ろしい菓子でもあるのです。
茶箱に「ぴったり」がポイント
とまあ、友人たちの話はここまでにして。今回はバッグに入れても小さく収まるわたしの「最初の茶箱」(
拙著『はじめての茶箱あそび』でも紹介)に「茶碗一つ入れ」バージョンの組み方をしてとま屋を来訪しました。
茶道具をコンパクトに詰めて訪ね、時折こちらでお茶を点てる。この茶箱、イギリスかどこかヨーロッパのおそらくインテリア用の小箱なのですが、金唐紙とおぼしき器にしっかりとしたコーティングなので、耐久性もあり、軽くてとても使いやすいのです。とま屋の素敵な空間と雰囲気が合うような気がして、これまでにもたびたび持ってきています。
知り合いの陶芸家に焼いてもらった青い茶碗は、この箱専用のぴったりサイズ。茶箱を組むとき、道具類をきっちりと並べながら詰めることを最初に想定する方が多いのではないでしょうか。わたしもいちばん初めにこの箱に道具を組んだとき、パズルのパーツように小茶碗や茶筅筒、茶巾筒、菓子器などが収まるような取り合わせをしました(『はじめての茶箱あそび』の中ではその別バージョンを紹介)。
一方でお茶をのむとき、やはりふつうサイズの茶碗がいいなあと思うこともあり、そうするとどうしても組み方を工夫しなければなりません。
そこで知り合いの陶芸家にこの箱を預け、ぴったり収まるよう、サイズを合わせて茶碗を焼いてもらいました。箱に収まるだけではなく、箱に「ぴったり」というのがポイント。茶碗の中に茶器や茶筅、茶巾筒などを入れるので、茶碗が小さいとそれはそれで不便なのです。
箱に合わせてどんなデザインにするかは作家にお任せ。でき上がった青い茶碗は内側が銀色で、まるで宇宙のようだなと思いながら、ふだんも愛用しています。
記憶が正しければ、わたしが茶箱の道具をあつらえたのはこの茶碗が最初で、こんなあそびを始めたことが、今活動している水円舎の茶箱道具のプロデュースに繋がっているのだとあらためて思います。
やよ飛さんに一服
やよ飛さんに一服差し上げると「ふくいさんが点ててくれるお茶っておいしいわよね」と召し上がってくださいました。
たとえ茶箱の日常の茶であっても、この一服に気持ちを込めているので嬉しい。お茶は点てるのも、点ててもらうのもどちらも楽しい、といつも思います。
抹茶を一服点てて、やよ飛さんに差し上げます。開け放った窓から東山の風が届く爽やかなひととき。菓子皿もテーブルも素敵なとま屋ところで、くだんの友人ですが、この頃はとま屋さんを訪ねる数日前に事前予約をするようになりました。それだけではなく、やよ飛さんが好きな日本酒をせっせとお送りしているようです。これで、わたしも店の菓子が売り切れてしまわないかと心配する必要がなくなりました。
しかしながら、彼らが京都にやってきた当日、喫茶室を訪ねると、通常は菓子2つにお茶のセットを提供されているのに、バイキング料理のように大皿に菓子が並んでいてびっくり。どれだけ食べるのかしら、と思いながらもちろん一緒にいただき、楽しい時間を過ごしたことは言うまでもありません。