中村勘三郎と作り上げた心に触れる名舞台
玉三郎さんはこの白縫姫を機に『桜姫東文章』の桜姫などの大役を次々と演じ、一気にスターダムを駆け上がっていった。
同じ時代を生きた相手役にも恵まれてきたが、『鰯賣』の猿源氏を演じた18世中村勘三郎もその一人。
『鰯賣』は二人が再演を重ねてきた演目だったが、今回の映像が結果的に最後の共演となった。
中村屋さんとの最後の『鰯賣戀曳網』が映像作品として残ってよかったです── 坂東玉三郎さん
「勘三郎さんとは『鰯賣』のほかにも『刺青奇偶(いれずみちょうはん)』、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』、それとまだシネマ歌舞伎にはなっていませんが『盲目物語』でも共演させていただいていて、そのほとんどがハイビジョンとして残ってよかったと思っています。特に『ふるあめりか』と『鰯賣』は楽しかったです。
勘三郎さんには独特のおかしみと温かさがあって、さらに悲しみを併せ持っているかたでした。だから『刺青奇偶』や『盲目物語』を見ると、演じたときのことが思い出されて今でもしみじみします。中村屋(18世中村勘三郎)さんの心情に泣けるときがありますね」
舞台は一期一会だが、シネマ歌舞伎なら名コンビといわれた二人の細やかな表情や息遣いなど、かけがえのない一瞬と舞台の臨場感を楽しむことができる。本編が始まる前の特別映像も必見だ。
©松竹「冒頭の映像でも少し話しましたが、昭和48年に17世(中村勘三郎)と6世(中村歌右衛門)が猿源氏と蛍火をなさったときに、私は傾城・滝の井という役で出演しています。このとき夜の部は三島由紀夫作品の連続公演ということで『むすめごのみ帯取池』と『熊野(ゆや)』、『鰯賣戀曳網』の3作が上演されましたが、『鰯賣』は三島先生が書かれた戯曲にはあまりない作風です。
そして『桜姫東文章』のパロディではないかとも私は考えていました。姫君が遊女になるという筋立てで、猿源氏も初演当時は白塗りではなく、権助みたいな地肌が砥の粉で、むさ苦しい男という設定だったそうです。鰯賣とお姫様の身分違いの恋愛であるところも桜姫に通じます。ハッピーエンドなのも三島作品には珍しいと思います」
近年はエディット・ピアフなどの曲を披露するコンサートを開催しているが、ご自身の表現のあり方についても伺った。
「やはり舞台に立って、実演することです。歌舞伎の名作はもちろん、新派にも名作は数えられないほどあります。それを自分が演じることで、その時代の脚本家の心情に触れることができ、深く感じ取ることができるのがいいですね」
坂東玉三郎/ばんどう・たまさぶろう
1950年、東京都出身。歌舞伎界を代表する立女方。1964年に14代目守田勘弥の芸養子となり、5代目坂東玉三郎を襲名。『壇浦兜軍記』の阿古屋、『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋、『伽羅先代萩』の政岡など、6代目中村歌右衛門が演じた数々の大役を継承し、その芸術性を高めてきた。さらに活動はジャンルを超え、泉鏡花の作品の舞台化など世界のさまざまな舞台芸術にも参画し、影響を与えている。
シネマ歌舞伎『鰯賣戀曳網』
鰯賣が秘密を抱えた美しい傾城に恋をするという三島由紀夫による歌舞伎の演目で1964年に歌舞伎座で17世中村勘三郎の猿源氏と6世中村歌右衛門の蛍火で初演され、当たり役として再演を重ねてきた作品。のちに18世中村勘三郎と坂東玉三郎のコンビでも上演された人気の演目である。
本作は第四期歌舞伎座閉場前の2009年1月の歌舞伎座さよなら公演の舞台を撮影したもの。ユーモラスな展開と幸せなエンディングで劇空間を包み込んだ名舞台が、12年の時を経て、スクリーンに甦る。2021年6月4日(金)全国公開。
映画の公式サイトはこちら>> 撮影/柏原孝史 構成・文/山下シオン
『家庭画報』2021年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。