森田真生(もりた・まさお)1985年東京都生まれ。京都に拠点を構えて研究、執筆を行う独立研究者。2015年、初著書『数学する身体』で、小林秀雄賞を最年少で受賞。他著書に『数学の贈り物』など。研究者の視点
“不安な時代を切り開く人間と「計算」との新たな関係性”
著者の森田真生氏は、大学や研究機関などに所属せず、フリーランスで研究活動を行う「独立研究者」。
数学に軸足を置きながら、哲学や歴史などの分野を横断し、人間そのものや地球環境について思考を深めている。
本書は、著者の5歳の長男が初めて指を使って「4」を表せるようになったエピソードから始まる。そこから、大人にとっては当たり前の“数が物の数量を表す”ことを人間が理解するために、どれほど長い歴史が必要だったのかが解き明かされていく。
“これから、「計算」という人間の営みの歴史を、古代から現代まで少しずつたどっていく。それは、人間の認識が届く範囲が、少しずつ拡大してきた歴史でもある”(本書より)
誰もが不安を抱えている現在にあって、その歴史を知ることから、どのような意味を見いだせるのだろうか。
「2020年春、自宅で小さな菜園を始めました。自分で野菜を育てたのは初めてだったので、小さな苗が土や太陽の力を借りながら実をつけるまでの過程を最後まで見届けることができ、感慨もひとしおでした。現代の生活は、物事の成り立ちに触れられる機会が少なくなっています。自分で野菜を育てるよりも、誰かが準備した野菜を手に入れるほうが効率的だからです。
自分で原理まで遡らずとも、誰かが代わりにそれをしてくれている。ほとんどの場合、そう信じていれば、現代の分業社会は作動していきます。しかし、物事を原理にまで遡ってわかろうとすることは、たとえ不効率だとしても、それ自体の喜びがあります。当たり前に思えていたものが、いかに深く、ほかのものや思考に支えられていたかに気づいていくことは、新たな有り難さに目覚めることでもあると思うのです」と森田氏。
無駄を省き、効率を高めるための道具であり、硬く冷たいイメージをもつ“計算”の歴史から森田氏が導き出すのは、これからの、柔らかく温かな人間理解への道筋だ。
「野菜を育てた土を想像するように、この本で私は“計算”を育ててきた思考の土壌を浮かび上がらせようとしました。何もかもが加速していく時代ですが、ゆっくりとページをめくりながら、いまや当たり前になってしまった“計算”の成り立ちについて、思いを馳せる時間をぜひ楽しんでください」
『計算する生命』森田真生 著 新潮社 装幀/菊地信義「人はみな、計算の結果を生み出すだけの機械ではない」。人間が認識を拡大させるために生み出した計算の歴史をたどり、機械と生命の対立を越えて、人間と計算とが新たな関係を形づくる未来へと思考を発展させる。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穗子 撮影(本)/家庭画報本誌・中島里小梨
『家庭画報』2021年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。