僕は将来的に立役を演らせていただくことを目指しているのですが、今はその目標を実現するための必要で、大切な時期だと思っています。
2019年11月、平成中村座の『小笠原騒動』でお早を演じたときのことです。もともと女方を演じることには自信がなかったのですが、何が正解なのかがわからないという状況に初めて直面したのです。毎日、悩みながら過ごしていました。
あるとき、立ち廻りをしていて、密書を落としてしまったことがありました。そのことを指摘されたときに気づいたんです。
それはお早という役として主軸となることに自分が神経を通わせていなかったから落としてしまったということ。密書を守るという役の心を大切に演じました。
『小笠原騒動』の小平次女房お早。2019年11月、平成中村座小倉城公演。© 松竹2021年5月には初めてコクーン歌舞伎に出演させていただいたのですが、自分が出演する側の立場になるとは思ってもみませんでした。
稽古では勘九郎さんがお手本として磯之丞を実演してくださいました。一つ一つの動きに意味があることを丁寧に教えてくださり、磯之丞という人間をよく理解できたので、その後の動きや台詞の発し方がまったく違っていきました。
初役で勤めた磯之丞と2021年7月に演じる『伊勢音頭恋寝刃』のお岸が、僕と同じ年齢の頃に(中村)勘九郎さんが経験なさったお役。
自分が勤めるお役を勘九郎さんと(中村)七之助さんが演じたと思うと、それだけでお二人の歩んだ軌跡をなぞっているようで、とても嬉しいです。
中村虎之介(なかむら・とらのすけ)
1998年、東京都出身。父は3代目中村扇雀、祖父は4代目坂田藤十郎。2001年11月歌舞伎座『良弁杉由来』に一子光丸で林虎之介の名前で初御目見得。2006年1月歌舞伎座『伽羅先代萩 御殿』の千松で中村虎之介を名乗り、初舞台。立役と女方の両方の役に取り組んでおり、平成中村座で多彩な役を勤めている。2021年5月のコクーン歌舞伎に初参加し、玉島磯之丞役で上方のつっころばしの風情に挑んだ。
今月の歌舞伎
【歌舞伎座】
七月大歌舞伎
第一部は盲目のあんまと泥棒だけが登場する『あんまと泥棒』と2020年11月に大好評で再演される変化舞踊『蜘蛛の絲宿直噺』、第二部は狂言の『花子』をもとにつくられた舞踊劇『身替座禅』と若衆の白井権八と俠客の幡随院長兵衛の出会いを描いた『御存鈴ヶ森』が上演される。
出演者は松本白鸚、中村雀右衛門、中村錦之助、市川猿之助、市川中車、市川海老蔵、尾上菊之助、中村芝翫、中村梅玉ほか。
~2021年7月29日
●第一部 11時開演一、『あんまと泥棒』
二、『蜘蛛の絲宿直噺』
●第二部 14時30分開演一、新古演劇十種の内『身替座禅』
二、『御存 鈴ヶ森』
1等席1万5000円ほか
チケットホン松竹:0570(000)489
公演の詳細は歌舞伎公式サイトをご参照ください。
歌舞伎美人
https://www.kabuki-bito.jp 表示価格はすべて税込みです。
構成・文/山下シオン 撮影/岡積千可
『家庭画報』2021年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。