不安を消そう、不安から逃げようとせず、存在を認めて居場所を与える──。マインドフルネスの考え方はまさに逆転の発想です。そのうえで、今やるべきことに注意を向ける瞑想、咄嗟の不安を軽く感じさせるテクニックをご紹介します。
音に意識を向ける瞑想
複数の音の中から一つを選んで聞く私(川野)は雨や風の日に時間があると、本堂で「音に意識を向ける瞑想」を行います。車の通る音、人々の話し声などさまざまな音が同時に聞こえる中で、たとえば竹がサラサラと揺れる音だけに意識を向けるのです。とても心地よく、私の大好きな時間です。
このように意識を外の刺激に向ける瞑想は「外向き」、自分の呼吸に向ける呼吸瞑想は「内向き」といえます。不安が強いときや発作の直後は、自分ではない外側の対象に意識を切り替えやすい外向きの瞑想がおすすめです。
公園、海辺、川沿い、喫茶店など場所はどこでもかまいません。目を閉じ、聞こえてくるさまざまな音の中からセミの声、波音、水の流れ、BGMなど一つを選んで意識を向けます。
これは自分の意志で注意の方向性を定める練習です。不安に心を支配されるのでなく、自分が主導権を握って心の向く先を決める――。この意識づけが、不安があっても今やるべきことに集中できる心を育むのです。
ワンポイントアドバイス
聞く音を切り替えてみる英国マンチェスター大学のエイドリアン・ウェルズ教授が考案したATT(注意訓練)では、一つの音に注意を向けたら、次に別の音に注意を切り替え、最後に全体の音を聞く3段階のプロセスを経る方法が用いられます。右に紹介した「音に意識を向ける瞑想」に慣れてきたら、意識の向く先を切り替える方法に挑戦してみてもよいでしょう。
不安の置き換えテクニック
脳の右から左へ「不安」を移動させるドイツの臨床心理士クラウス・ベルンハルト氏が考案した「視覚のずらしテクニック」を参考に、不安を置き換える方法をご紹介します。
私たちの多くは失敗や怖い記憶など不安のもとになるネガティブな感情を、イメージとして頭の右側か左側かのどちらかで感じています。不安が生じたとき、これを反対側に置き換える想像をすると不安が軽く感じられるのです。
いざというときに使えるように練習をしておきましょう。目を閉じて深呼吸をします。不安や恐怖を感じた体験を思い出し、右と左のどちら側で感じるかをチェックします。次に、あたかも脳の中に手を入れてその考えを反対側に移動させるようなイメージを描いてみます。直接手に持って移しても、箱に詰めて動かすイメージでもよいでしょう。するとその感情の現実味が薄れて、まるで他人事であるかのように感じられるかもしれません。
不安の居場所をイメージの中で「お引越し」させて、居心地を悪くさせれば存在が薄まる――。不安が強いときは、追い出すより移動させるほうが平和的で即効性のある解決法なのです。
ワンポイントアドバイス
真ん中の場合は右か左へ移す1割弱の人はネガティブなイメージが脳の真ん中に浮かぶといわれています。その場合は右側か左側のどちらかやりやすい方に移動させましょう。また、ネガティブな言葉を心の中で発してみて、右の耳で聞いていたら左の耳に移して聞くというように意識的に聞く耳を替える「聴覚のずらしテクニック」でも同様の効果が期待できます。
〔お話ししてくれたのはこの方〕川野泰周(かわの・たいしゅう)さん
臨済宗建長寺派林香寺住職、精神科・心療内科医、RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。1980年生まれ。慶應義塾大学医学部医学科卒業。精神科医療に従事した後、3年半の禅修行を経て2014年より実家の横浜・林香寺の住職となる。寺務と精神科診療の傍ら、講演活動などを通してマインドフルネスの普及と発展に力を注いでいる。著書に『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)ほか。公式ウェブサイト https://thkawano.website/
「寺子屋ブッダ」https://www.tera-buddha.net/