お茶をしていて良かったと思うことの一つが、お茶からさまざまな分野に趣味が広がっていくことです。
人によってそれは、建築だったり、書だったり、やきものだったり、料理だったりすると思いますが、わたしが心惹かれるものの一つに「きれ」があります。一般には「布」と表記されることが多いですが、茶の湯では「裂」という言葉を使うことが多いのも面白い。どの分野にも特殊な言葉の使い方があると思いますが、お茶の世界にもたくさん独特のいいまわしがあり、それはある意味、若い人たちが使う言葉のように、同じ趣味を持つ仲間を探す符号にもなっているな、と思います。
そんなお茶の裂(きれ)は、古くから中国やインドの布を珍重する傾向があります。古渡りといわれる古い時代に日本へもたらされた絹織物や更紗などが、道具の包みなどに使われていますが、裂は経年劣化しとてもデリケートですから、古いものほど扱いも慎重の上にも慎重を期する……という状況になってしまいます。というか、そんな古い裂にはなかなか出会えないし、出会えても「なぜ、こんなボロボロの布が?」と一般の方が驚くくらいお値段も高いのです。
本日はセレクトショップYggdでお茶を楽しむ。茶道具との相性も抜群!心惹かれるインドの布
あっ、なんだかちょっと愚痴っぽくなってしまいました。
そもそもわたしが茶箱であそぶのも、自分の茶室がなかったり、上等の茶道具を求める力がないから。同様に高価な名物裂を求めることは難しいので、どこかで茶の湯と繋がっている感覚を保ち、かつ手頃な布を熱心に探し続けています。
インドの布づくしで茶箱を組んでみる。
そんな中で一気に浮上してくるのがインドの布。古い布はともかく現代もののインドの布であれば、比較的財布に優しいものに出会えます。なによりも手織りの絹や木綿が持つ独特の風合い、文様の美しさ、色のチョイス、すべてに心惹かれます。
お茶の裂に限らず、わたしの布好き心臓部を撃ち抜く魅力があるインドの布。その的中率は、街中でふと気になってなにげなく手に取る布のおおよそ8割から9割がメイド・イン・インディアだったりするほどです。デパートのワゴンに積まれたストールの中から、雑貨屋さんで見つけるクロス類、時にはブランド服に仕上がった一着も、はたまた手芸店で手に取る布に至るまで「あら、またあなたも!」という出会いばかりなのです。
インド布好きにはたまらない店「Yggd (ユグド)」
点前座に使った布もインド製。夏らしいブルー&ホワイトでしつらえてみた。そんなインド布好きの人間にとってうれしいお店へ、今月はご案内。去年の
「茶箱あそび、つれづれ」でも一度訪ねているYggd (ユグド)というセレクトショップで、今回は茶箱の道具類を古今のインド裂で包んだひと組を抱えての再訪です。
道具を包んできたインドの布類。白いポット、菓子皿、建水もインド製。以前、オーナーの戸川富美子さんが仕事でインドに滞在されている期間にわたしも渡印し、いくつかの専門店を案内してもらい、茶箱用の布を求めたことがあります。
今月の茶箱はその時の布や、古いインドの布、さらにはYggdで求めた布などをミックスして「インド布づくし」なひと組を調えてみました。いつものことですが、お茶を点てる相手の好みを考えて、その時にしかできない組み合わせを考えるのは楽しい作業です。
今回は道具よりも、その道具類を取り巻く布がテーマです。道具にも統一性をもたせたいと思い、夏らしく涼しげな「ブルー&ホワイト」にしています。
わたしの茶箱あそびに合わせて、この日はモロッコのミントティー用ポットに花を生けてくださっていた。お店を訪れるとテーブルの上には猫足のエキゾチックな金属のポットに、実ものを中心とした花が生けてありました。こちらも早速細かな刺し子が施されているインドの木綿布をテーブルに広げて点前座を作ります。
この刺し子布、少し前にYggdさんで一目惚れして求めたもので、まさか今日使うことになるとは思ってもみませんでした。わたしの茶箱あそびは直前に加わった何かで、それまでとは違う取り合わせができ上がることも多いのですが、そんな些細な進化というか、変化を自ら「むふふ、うまくいった」と楽しんでもいるのです。
(左)上から、古いパトラ、現代の更紗、ユーズドの刺繍布と、道具に合わせて布を選ぶ。(右)茶器と茶杓には格高の古裂を用いて。宝物級の布「パトラ」
茶箱の蓋を開けて、道具を出してゆきます。戸川さんが横で興味津々にのぞき込んでいて、そういう反応もうれしい。建水と茶碗と茶器を重ねて入れてきたのですが、それぞれに付いている裂について説明します。
戸川さんもさすがに詳しい。「これパトラ裂ですよね?」「そう、お茶の世界ではね、益田間道といって珍重されるんです」。棗を包んできた絹織物は、今では織ることが難しいインドの経緯絣(たてよこがすり)。おそらく200年くらい前のもので、わたしのインド布コレクションの中では別格の宝物級。一般にはパトラと呼ばれていて、戸川さんと2人で訪ねたデリーの工芸博物館に完全な形の布が展示してありました。
以前あるギャラリーのオーナーさんに「パトラ持ってるよ」と囁かれて、ボロボロながらも一枚布として残っていた品を清水の舞台から飛び降りて求めていたのです(わたし、お茶のために何度、舞台を飛び降りているだろう……)。ちなみにそのベッドカバーよりも大きな布からは、文様や布の状態を吟味すると帛紗2枚分しか取れなかったという、“古い布あるある”ないわく付き。
今日はその貴重な布を戸川さんにお見せしたくて持ってきました。帛紗に仕立ててあるといえども、益田間道を茶器の包みにするなんて言語道断!と、お茶筋の方には怒られそうなふわふわ柔らかなデリートな布。ですが、こういう時に使わないでどうする、とわたしはそっと棗にまとわせてきました。その布に最初に反応してくださる戸川さんだからこそ、持ってきた甲斐があるというものです。
菓子器には少し古い更紗で作った仕覆に入れて。茶碗の包みは、ご一緒したインドで求めた現代の更紗。建水を包んでいるのはユーズドのインドの木綿布で白い糸だけでびっしりと刺繍が施してあります。
そのほか菓子器には少し古い更紗の仕覆を、茶杓包みにはこれも少し古い利休間道(細かい千鳥格子の木綿布で、インドがルーツといわれている)を合わせました。時代も技法も異なる布たちですが、今回はすべてインドつながりということで。
戸川さんと一緒にインドに行った時に求めた器を菓子皿に。茶碗はブルー&ホワイトの安南写し。菓子もインド産のカシューナッツにさつまいものグラッセを合わせています。菓子皿や建水も戸川さんと旅した時に求めたものですが、「あれ、こんなお皿を求めていらしたんですね」と。同行していても、まったく趣味も視点も異なるからこそ、こうやってあらためて旅を懐かしみながらお披露目できるのです。
Yggdさんの美しい空間に即興ででき上がったインド組のしつらいに、つい自分でもうれしくなり、何度もお茶を点ててしまいました。今回は布の力が大きいのですが、いろいろな物が持つ力をいただきながらあそぶのもお茶の醍醐味。
この空間だから、この人だから、やってみたいお茶があるというのは、本当に幸せなことだと思います。互いの近況なども話しながらのティータイム。熱い抹茶をいただきながらも、夏の暑さがすっと引いてゆくひとときです。