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がんの再発を6回乗り越えて。放射線科医・前田 恵理子さんの「強さの源」

2022.02.17

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前田恵理子先生が、2022年2月8日に逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。熱い想いを胸に、輝き続けた前田先生の言葉を振り返るインタビュー記事を、いま一度ご覧いただきます。また、文末に連載担当編集・ライターの小松庸子さんによる追悼の言葉を追記しました(2022年2月17日更新)。
※『家庭画報』2021年9月号掲載。以下の記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

毎日を心豊かに生きるヒント「私の小さな幸せ」
放射線科医・前田恵理子先生は、約6年半前、37歳で肺がんを発症。ときに絶望感に見舞われながらも、6回もの再発を乗り越えてきた極意を「病人ではなく1人の人間として生きること。小さな幸せは日常生活の中にあり、その継続が困難を乗り越える力になる」と語ります。連載一覧はこちら>>

第6回 前田 恵理子 (東京大学医学部附属病院・放射線科医)


前田 恵理子さん


前田先生の日常があるCT室。小児心臓CTや小児被曝を専門に臨床、教育、研究に取り組む。全身を診る放射線科医の仕事は生きがいであり、誇りでもある。

前田恵理子(まえだ・えりこ)
1977年神奈川県生まれ。東大病院放射線科特任助教。小学5年から約3年半オランダ滞在。2003年東京大学医学部医学科卒業。東京大学総長賞、北米放射線学会最高賞ほか受賞多数。災害弱者を助ける防災体制作りに患者、医師、気象マニアとしてかかわっている。

「重度の喘息にがん6回の再発。病気と歩んできた人生ですが、負ける気がしません。医者という生きがいと、家族という心の支えがあるから」


2015年2月、放射線科医として勤務する東大病院でのこと。自分のCT画像を見て肺がんに気がつきました。私は37歳、長男は4歳のときです。

手術と4か月の化学療法で治療したものの、17年8月に1回目、19年1月に2度目の再発。予後が悪いとされる小細胞がんへの変異がわかり衝撃を受けましたが、手術と化学療法で抑え込みました。

前田 恵理子さん

「発症後の1年、再発後の1年はやはり気持ちが重くて。でも3回目の再発をやっつけたあたりから、ふてぶてしくなりました(笑)。時間の果てまで生きるぞ!と変な強さと覚悟が生まれ、脳転移の手術を経た今や最強です」と笑顔で語る。

よく「そのバイタリティはどこから来るの?」と聞かれますが、私の人生は物心ついたときからずっと病気とともにありました。父の仕事の関係でオランダにいた小学校5年生の時に喘息を発症して以来、25回の入退院。

東京大学医学部時代にはさらに重症化してしまい、酸素ボンベを引いて通学していた時期もありました。再発するたび、新しい病気を経験するたび、経験値が上がると思うようになったのです。

辛い状況に溺れなければ必ず道は見つかる


5回目のがんの再発で脳腫瘍が見つかりました。後頭葉の切除手術で視野の右半分を失った今の私の状態は、客観的にはとても大変に見えるかもしれません。

でも、どんな状況でも必ず進むべき道が見つかる。それは、やはり困難を乗り越えた経験が今の自分を作っていて、人生を諦めないからだと思っています。

もう一つ大切なのは、その辛い状況に溺れないこと。喘息の悪化で心身ともに追い詰められた高校3年時。うつ気味になり、命を絶つことを考えていたときがありました。でも1か月入院して酸素吸入治療を受けたことで体調が回復し、大学の現役合格に繫がったのです。

「自分は今、こんなに大変なのに」という自分本位の気持ちが先に立ってしまうとネガティブになって、人との関係も病気も悪化しがちです。

前田 恵理子さんの書

前田先生の書。がん発症後も学会での国内外講演やオーケストラのコンサートマスター(コロナ禍で休止中)などの日常を継続。喘息との関係で天気図を見続けてきた「気象マニア」でもある。

自分の辛さにとらわれて視野が狭くなった経験があるからわかるのですが、辛さは一旦置いといて日常生活を継続し、仕事も家事も継続する。それが何よりもパワーを生み出し、生き抜くエネルギーになると信じています。

 前田 恵理子さんの息子さん

前田先生の“宝物”である息子さん。がんを見つけたその夜、ご主人と息子さんには自ら話した。

今、私の幸せと充実感の源は、画像の正確かつ適切な撮影や診断により、患者さんの診療の役に立つことができたとき、そして家族と過ごす日々にあります。夫と息子は私の一番の宝物。

「私の小さな幸せ」 前田 恵理子さん

金融マンのご主人が主に育てる家庭菜園の野菜。夏野菜のカレーが家族全員大好物。

小学5年生でわんぱく盛りの息子は、事件と多様性を運んできてくれる存在とでもいいますか。毎日が刺激的です(笑)。がんの再発を繰り返しながら生き抜いてきた前田流“ふてぶてしさ”で、孫、いえ、ひ孫も抱っこするまで長生きするぞ!と密かに誓っています。

前田 恵理子さんの息子さんの作品

息子さんが小学1年時の作品。

パワフルに輝き続けた前田恵理子先生の“宝物”


文/小松庸子(連載担当編集・ライター)

『家庭画報』2021年9月号(8月1日発売)の連載「小さな幸せ」にご登場いただいた東京大学医学部附属病院放射線科医の前田恵理子先生が、22年2月8日に逝去されたという報に接しました。

幼少期の頃から重症喘息に苦しみ、2015年に肺がんを発症して以来、再発すること6回。心折れそうな状況にもかかわらず、仕事や日常生活にパワフルに向き合われる源をお聞きしたく、伺ったのが21年6月のこと。5回目の再発で脳腫瘍が見つかって後頭葉の切除手術を受け、視野の右半分を失う困難に見舞われながらも明るく迎えてくださり、すべてを正直にお話しくださる姿勢に感銘を受けました。

生きがいだと語る仕事や患者さんたちへの想い、そして全ての原動力である息子さんとご主人の存在。「前田先生ほど優秀でしたら、研究や臨床一筋という人生を考えられたこともあったのでしょうか?」との問いに「ないですよ! 私、家族がほしかったんです」とにっこり笑顔で答えてくださったことが忘れられません。

確かにご家族の存在があってこそ、6回の再発も乗り越えていらしたのだと心から思います。「孫、ひ孫を抱っこするまで生き延びたい」とのお言葉に“前田先生ならそこまでいけるのではないか”と期待していました。本当に寂しく、残念な思いでいっぱいです。

この記事を通して前田先生が、“宝物”であり“生きがい”だと語っていらしたご家族、周囲の皆さまに、その想いが伝わりますように。心からご冥福をお祈り申し上げます。
撮影/大泉省吾 背景スタイリング/阿部美恵 取材・文/小松庸子

 
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