「山地酪農」がもたらす、四季の味がするミルク
文・樋口直哉(作家・料理家)
酪農というと牧草地に牛が寝そべっている様がイメージされるが、一般的に牛たちはそのほとんどを牛舎のなかで過ごし、姿を外で見かけることは稀である。
その大きな理由は、食べているが輸入穀物を中心としたものだからだ。草食動物である牛は4つの胃を持ち、食べた草を反芻し、発酵、消化する。これが本来の姿だが、そのような食生活では乳量が少ないので、栄養価の高い穀物飼料を与えるわけである。
一方、岩手県盛岡から車で2時間、北上山地の中腹、標高八百メートルにあるなかほら牧場の牛たちはその生涯を山で過ごし、沢の清水を飲み、野シバやササを食べる。
1960年代、植物生態学者の猶原恭爾が提唱した「山地(やまち)酪農」というスタイルだ。
注目したいのはその色である。スーパーで買える牛乳は真っ白だが、なかほら牧場の牛乳は黄色みがかっている。牛たちが食べる草の色──カロチンが移行するためだ。
「これが乳白色っていうの。牛乳の色は白じゃない」 牧場の創設者の中洞 正さんはそう説明する。
乳脂肪分が少なく、さらりとしているので、後味が心地いい。暑い夏は牛がたくさん水を飲み、生い茂る草をたくさん食べるので、味わいとしては軽くなる。冬になれば牛は干し草を食べるので、やや濃厚な味になる。牛乳の味は四季によって変わるのだ。
暑い時期にはさっぱりした、冬はこってりしたものが欲しくなる人間の……いや、自然の摂理にあっているのが、おいしさの理由だ。牛たちは子牛のために牛乳を作り出す。人間はそれを分けてもらうだけ。緑の草が牛によって乳白色の液体に変わる。それは命が生み出す奇跡。
樋口直哉(ひぐち・なおや)『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。執筆活動と同時に料理家としてもさまざまなメディアで活躍中。主な著作に小説『スープの国のお姫様』、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』などがある。
下のフォトギャラリーから詳しくご覧ください。 Information
なかほら牧場
岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸水堀287
- 「中洞牧場牛乳」720ml 1188円、「グラスフェッドバター」100グラム2160円、「ドリンクヨーグルト(プレーン・加糖)」各500ml 864円など。注文は電話、FAX、オンラインストア。松屋銀座、日本橋髙島屋S.C.に直営店あり。
撮影/大泉省吾 本誌・坂本正行 スタイリング/chizu 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2021年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。