川野医師の診察室から
*実際の症例をもとに内容を変更して掲載しています。
【ケース・1】
強風の夜はひどく不安で、決まって悪夢にうなされる。ある日、フラッシュバックが→子どもの頃の怖い体験が、トラウマに。瞑想で正常な記憶に修正された
A子さん(52歳)は、ある台風の夜に突然、幼い頃の記憶がフラッシュバックして極度の不安に襲われ、恐怖で意識が遠のくような感覚を経験しました。
お話を伺うと「一人暮らしを始めた20代の頃から、なぜか風の強い夜はひどく不安で悪夢にうなされるようになりました。でも、あのような正気を失いそうになるほどの恐怖感は初めてです」とのこと。少量の抗不安薬(安定剤)を処方し、様子を注意深く観察しながらグラウンディング瞑想やカームイメージ瞑想を行っていただきました。
2年ほどして心が安定してくると、A子さんは当時の記憶を具体的に話し始めました。「5歳の頃、風の強い夜中に目を覚ましたら突然裏口から泥棒が入ってきたのです。叫び声をあげると男は驚いて逃げ、事なきを得ました」。
長い間、心の奥に埋没していたトラウマ記憶が、台風を引き金にまるで今ここで起きているかのように突然甦ったのでした。体験を人に語れるようになったことから、過去の事実として処理できるエピソード記憶に修正されたと見受けられました。フラッシュバックもほとんど出なくなり、治療は終了しました。
【ケース・2】
鳴りやまないクレーム電話。慣れない対応で落ち込み軽度のうつ状態になった→マインドフルリスニングで対応。相手の怒りが治まり、自分も疲れなくなった
自社製の化粧品でトラブルが生じ、クレーム電話の対応に追われていたB子さん(45歳)。一生懸命謝っても怒りが治まらないことが多くて落ち込み、うつを自覚して受診されました。
お話を伺うと、相手のネガティブな感情を受け止めきれず、自分が非難されていると感じてしまうようです。そこで抗うつ薬の治療と並行してマインドフルリスニング(次回ご紹介)の手法を学んでいただきました。
2か月後、「相手の話をよく聞いて、こういうことで気分を害されたのですねと要約してから謝ると、不思議と怒りを治めてくださるのです。何より私自身が疲れなくなりました」とのこと。
商品の欠陥へのクレームに対応するのが私の仕事、と客観的事実を踏まえて対応することでネガティブな感情に飲み込まれなくなったのです。
川野泰周(かわの・たいしゅう)さん
臨済宗建長寺派林香寺住職、精神科・心療内科医、RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。1980年生まれ。慶應義塾大学医学部医学科卒業。精神科医療に従事した後、3年半の禅修行を経て2014年より実家の横浜・林香寺の住職となる。寺務と精神科診療の傍ら、講演活動などを通してマインドフルネスの普及と発展に力を注いでいる。著書に『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)ほか。公式ウェブサイト https://thkawano.website/
「寺子屋ブッダ」https://www.tera-buddha.net/ 取材・文/浅原須美 撮影(川野さん)/鍋島徳恭
『家庭画報』2021年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。