松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「江戸の手仕事」 歌舞伎俳優の夫を支え、きものを着る機会も多い藤間園子さんが古(いにしえ)から続いている物づくりの現場を訪ね、日本の装いの文化と伝統工芸の魅力をお伝えします。
前回の記事はこちら>> 手前は濃い焦げ茶の花唐草模様、奥は灰梅色の草花模様。どちらも100亀甲の絣。きもの/本場結城紬(奥順)第3回 結城紬
奥澤武治さん(奥順・代表取締役会長)明治40年に創業した結城紬の企画とデザイン、販売流通を行う“製造問屋”「奥順」の奥澤武治さん(右)と松本幸四郎夫人・藤間園子さん(左)。茨城県結城市の結城紬ミュージアム「つむぎの館」の敷地内にある「古民家 陳列館」にて。真綿から生まれる無撚りのつむぎ糸
藤間 結城紬は国の重要無形文化財に指定されているだけでなく、2010年にはユネスコの無形文化遺産に登録された日本が世界に誇る手仕事だと思います。いつ頃から作られた織物なのでしょうか?
奥澤 その歴史は奈良時代に遡ります。実は結城紬の産地でもある下野市にある甲塚古墳から地機(じばた)織りの形をした埴輪が出土したんですよ。6世紀後半の古墳なので、その頃にすでに地機が存在した証となりました。
藤間 織物の埴輪は珍しいですね。
奥澤 そうですね。でも昔は全部この地機で織っていたんですが、それぞれの地域の経済発達の影響で高機(たかばた)という織機が導入されました。結城紬が国の重要無形文化財に指定されている技術は3つありますが、その一つが「地機織り」です。それと袋真綿から糸を引く「糸つむぎ」、絣を施す「絣括り」です。結城紬が着やすいといわれる秘密がありますが、それはなぜだかご存じですか?
藤間 いいえ、存じません。今回初めて結城紬を着させていただきましたが、着心地がとてもいいですね。
奥澤 それはこの真綿のおかげです。
袋の形状をした袋真綿から糸を引く「糸取り」という作業をしているところ。竹の筒にきびがらをつけた「つくし」という道具に真綿を広げて巻きつける。その真綿を左の指先で引き出して、唾液をつけた右手の指先でひねるようにして「おぼけ」と呼ばれる桶に糸をためていく。藤間 どうして袋状なのですか?
奥澤 繭をお湯の中に入れて柔らかくなったら繭に指先で穴をあけてゆっくり伸ばしてひっくり返してお蚕さんを取るからなんです。
藤間 繭を5つほど使うそうですね。
奥澤 ええ、繭を同様に指先に重ねていくんです。とても原始的な方法で道具は使いません。この真綿を指で引いて唾液をつけてひねるだけ。だから撚りがなくて平らな糸ができるんです。撚りがないことで空気をたくさん含むのでつむいだ糸を手に持ってみるとふわっとするでしょ?
藤間 撚りのある生糸の束とは手触りがまったく違いますね。もとは一緒なのにこんなに違うんですね。
奥澤 織った生地は空気を含むので軽くなる。そして生地自体に空気の膜ができる。結城紬が温かくて軽いのは人の手でつむぐからなんです。
結城市伝統工芸館の山中奈津子さんの指導で糸取りを実体験。