きものダイアリー

松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「結城紬」の魅力

2021.09.24

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本場結城紬(奥順)

「結城紬の着心地は格別ですね。生地が体に添っていて、優しく包まれているような安心感があります」

爽やかな青磁色の重ねオリエント模様の結城紬に更紗文様を織り出した袋帯を合わせて。きもの/本場結城紬(奥順) 帯/となみ織物帯揚げ/和小物さくら 帯締め/道明 バッグ61万6000円/コンテス(コンテスブティック帝国ホテルプラザ店) 履物/銀座ぜん屋本店

“江戸の小粋”を代表する結城紬



奥澤 紬と聞くと節があると思う人もいらっしゃると思いますが、今日お召しになっている紬には節なんてないでしょ?

藤間 ええ、ないですね。

糸

おぼけにたまった手でつむいだ撚りのない美しい糸。糸と糸が絡まないようにおはじきを載せている。

奥澤 手でつむぐので、節があったら取り除くんですよ。平らで撚りがないのが結城紬の生命ですから。しかも着れば着るほど味が出ます。私が今着ている羽織は、実は祖父が着ていたものを譲り受けたものです。

藤間 そうなんですか? 生地の風合いが柔らかくてなめらかで、紬には見えないです。

奥澤 祖父の時代にはクリーニング屋さんなんてないから、シーズンが終わると「洗い張り」、つまりきものをほどいて洗います。染めのきものだと柄の描かれているのが表ですけど、紬には裏と表がないから、きものの形に戻すときには裏だった面を表にして仕立て直すんです。そうすれば一箇所に摩擦が集中しないでしょ? 絹は摩擦に弱いので同じ面を表にしているとすり切れてしまいます。私も出張が多くてこの羽織が重宝したから頻繁に着ていたためにすり切れてしまったところがありました。それはとても残念に思っています。結城紬が“親子三代”といわれるのは、手入れをきちんとするという意味なんですよ。

ボッチ上げ

おぼけに入ったつむぎ糸の集まりを「ボッチ」と呼び。このボッチから糸車を使って管につむぎ糸を巻き取る「ボッチ上げ」をしている様子。

藤間 すごく大切に着ていらっしゃるんですね。でも結城紬といえば、今は女性が着ているイメージですが、お祖父さまのお召しだったものを受け継いだということは男性が着ていた時代があるんですね。

奥澤 江戸時代は大店の旦那をはじめ、特に一番番頭が結城紬の縞を着ていたそうですよ。面白いのは、いろんな作家が書いた小説に結城紬が描写されていることです。夏目漱石の『吾輩は猫である』には「結城紬の綿入れ」とあるし、森鷗外の『百物語』にも「結城紬の単物」とか、ほかにも太宰治や川端康成の作品にも出てきます。さらに洋服好きの白洲次郎のために妻の白洲正子が結城紬のきものと羽織と袴を誂えたという話もとても興味深いんです。呉服屋が羽織の裏地をどうしようかと悩んだときに、次郎の干支が「寅」だと聞いてイメージした寅を手描きで作家に描かせたそうです。

絣括り

外山博秋さん

文様となる部分に墨付けしてその一つ一つを糸で縛っていく「絣括り」。一定の力で括るなどの高い技術を要し、精巧な模様だと括りの作業だけで半年以上かかるという。作業をしているのは外山博秋さん。

藤間 すごく素敵ですね。

奥澤 昔から羽裏や衿、きものの裏地にその人らしさを見せるという裏の美学というのがあります。「京のはんなり、江戸の小粋」という言葉もありますが、江戸の小粋のきものに代表されるのが結城紬だと思います。結城は江戸時代までは男のものだから、武士や町人がこぞって着たんですよ。結城紬の縞を着ることが男性にとってステイタスだった時代もありますが、明治時代になると洋服の文化に移行して、それから結城紬は序々に女性のものになりました。

昭和初期に作られた蜀江文様の結城紬

昭和初期に作られた蜀江文様の結城紬。亀甲、十字、格子の細かい絣を組み合わせてデザインされた大正ロマンの雰囲気が漂う一枚。奥澤武治さんの若き日のお母さまがこのきものを着た姿を日本画家の村松乙彦氏が絵に描き、その絵が戦後の復興のために作られた結城紬のポスターに使われたというエピソードもある。

結城紬の原点回帰へ


奥澤 ポスターに載った絵で私の母が着ているきものは縮なんですよ。

藤間 とても素敵な着姿でしたね。

奥澤 ありがとうございます。結城紬の縮織は明治後半に「八丁撚糸機」という撚り機で作った糸で、生まれました。このときがまさに大正、昭和にかけて日本の女性がいちばんきものでお洒落をした時代なんですよ。「大正ロマン」という言葉があるでしょ? この言葉が象徴する当時の女性たちの“軽くて着やすいきものが欲しい”という要望で、結城縮織が作られるようになったんです。

デザイン画を見て絣が正確に織られているか確認する様子

機で織りながらデザイン画を見て絣が正確に織られているか確認する様子。結城紬では100亀甲が主流だが、作業中の反物は200亀甲の最も細かい絣。「亀甲」とは亀の甲羅の六角を絣で表した亀甲絣を反物の幅にいくつ並べることができるかを単位として表したもの。

藤間 縮は手つむぎ糸の紬とはまた違う風合いなんですね。

奥澤 撚ってある糸なので、ざらざらしますね。1956年に重要無形文化財に指定されたのは手つむぎ糸を使った平織りなんです。これが要因となって2万4000反くらい作られていた縮が20年後には年間でたったの23反にまで減ってしまい、“幻の結城縮織”といわれるまでになりました。

藤間 現在は亀甲文様が結城紬の定番なんですか?

奥澤 亀甲文様がもてはやされるようになったのは高度成長の頃からで、絣の細かさが評価されるようになりました。でも、もともとは縞が主流で、単なる縞ではなく杢格子といったような普通の縞に見せないような工夫がなされていました。

地機で織る外山浩代さん

地機で織る外山浩代さんの作業に見入る藤間さん。地機は経糸を腰につけて張る古式の機で、独特の風合いを生む。きもの・帯/となみ織物 帯揚げ/和小物さくら 帯締め/道明

藤間 結城紬に縞のイメージはありませんでした。今は明るい色の結城紬もあるんですね。

奥澤 私は縞や無地の結城紬、そして今着ていただいているような薄い色の紬もどんどん作って、多くのかたに着ていただきたいです。
表示価格はすべて税込みです。
撮影/中村 淳(静物) 細谷秀樹(人物・取材) 着付け/伊藤和子 ヘア&メイク/Eita〈Iris〉 構成・文/山下シオン

『家庭画報』2021年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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