福岡伸一(ふくおか・しんいち)1959年東京生まれ。京都大学卒。青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員研究者。2015年より「福岡伸一の知恵の学校」校長を務める。長年夢見たガラパゴス諸島へ
ダーウィンが辿った航路を行く
スマートフォン以前の携帯電話を「ガラケー=ガラパゴス携帯」と呼び、世界から取り残されたものを「ガラパゴス」と表現する風潮に、福岡伸一さんは異を唱える。
「ガラパゴス諸島は、今まさに生命が発展しつつある進化の実験場である」。進化が止まっているのではなく、その逆だというのだ。
イギリスの博物学者・チャールズ・ダーウィンがこの島々を訪れたのは、今から186年前のこと。その体験から大著『種の起源』(いわゆる進化論)を書いた。
福岡さんは、生物学者としてダーウィンが見た光景を自分の目で確かめたいとずっと願ってきたという。しかし、“ガラパゴスへ行きたしと思えどもガラパゴスはあまりに遠し”。
ダーウィンが乗ったビーグル号と同じ航路で同諸島を巡るという福岡さんが温めてきた企画は、なかなか実現しなかった。何しろ250ページあまりの本書の66ページ目まで出発しないのだ。
ところが、テレビや本の企画がどのように進み、あるいは頓挫するかが書かれたこの出発前のエピソードが滅法面白い。
とうとう実現した際は、「天にも昇るような気持ちになりました。同時に、最先端のガラパゴスの現在を通して、新しい生命論を書かなくてはならないという思いを新たにしました」。
初上陸したときの感想はどのようなものだったのだろうか。
「ガラパゴス諸島は海底火山が爆発し生成した火山列島。荒涼たる溶岩台地やいまだに噴火する火山は想像以上で、感激しました」。
そして、生物について。「この島で独特の進化を遂げた奇妙な生物たち、たとえばガラパゴスゾウガメやイグアナなどが、ほとんど人を恐れないことに驚かされました。怖がらないどころか、むしろ鳥たちは好奇心をもって私たちに接近してきたのです」。この理由については、本書で詳しく考察されている。
「人間がガラパゴスの生態系に学ぶことはたくさんあると考えています。ガラパゴス諸島は、生成直後は水も土もない不毛の地。この場所に奇跡的にたどり着いた植物や動物が、徐々に自分たちが生存できるように環境をつくり変え、自らも適応的に変化しました。ここに生命の柔軟性をみることができます。生物たちは自ら不毛の地をブルーオーシャン(競争相手がいない地)に変えたのです。つまり、ブルーオーシャンは見つけるものではなく、自らつくるものだという教訓を得ることができると思います」
本書を皮切りに、「福岡伸一ガラパゴスシリーズ」として数冊の出版が予定されている。
「今回のフィールドワークをもとに、利他的な福岡生命論を展開していく予定です」。
新たな生命論の誕生を楽しみに読み続けたい。
写真/阿部雄介 アートディレクション/佐藤 卓 装丁/林 里佳子『生命海流 GALAPAGOS』福岡伸一 著/朝日出版社南米大陸から約1000キロ離れた絶海に浮かぶガラパゴス諸島の航海記。ガラパゴスゾウガメ(ページ上写真)をはじめとする貴重な生き物の写真も豊富に掲載。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穂子 撮影/本誌・中島里小梨(本)
『家庭画報』2021年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。