プロよりおいしく作れる 野菜料理の“ちょっとしたコツ”365 身近な野菜で、プロよりおいしい野菜料理を作ってみませんか? 銀座の日本料理店「六雁(むつかり)」の店主・榎園豊治(えのきぞの・とよはる)さんに、家庭だからこそ実践できる“ちょっとしたコツ”を毎日教わります。
一覧はこちら>> 小いもの含め煮
今回はおいしい小いもの炊き方を紹介したいと思います。小いもの煮ものといえば煮っころがしをはじめとして、家庭で普段から作られている料理であり、今更、改めて何をと思われるでしょうか。
しかし、プロの世界でも、小いもの煮ものは料理の基本ですが、案外、きちんとマスターしている人が少ないのが現状です。ただ、実際のところ、誰が作ってもそれなりにおいしいですし、惣菜や弁当、定食などに入っている小いもはそのほとんどが冷凍品だと予想されますが、それでも皆、食べてはいます。
そんな中で微差にこだわることにどれだけの意味があるのか? 確かなこととして私が言えるのは、一度ちゃんとした料理法を覚えておけば、そうでないものになんとなく違和感を感じるようになります。微差に気づくようになるということです。なんか偉そうに言っていますが、かつて経験したコペルニクス的転回が、今の私の野菜料理への姿勢を決定づけました。それは野菜料理の師である滋賀県にある月心寺の村瀬明道尼(むらせ みょうどうに)のもとへ最初に行った日の衝撃でした。
精進料理で知られる月心寺には業務用冷蔵庫というようなものは一切ありません。というより、冷蔵庫がないと言ってもいいのかもしれません。それが何を意味するのか? その日仕入れた材料は、その日にすべて調理してお客さまに供し、最後は何も残さない。したがって冷蔵庫は必要ないということです。
和洋中を問わず、そんなスタイルで料理が行われているところを私は知りません。通常、プロの仕事は段取り命です。仕事がうまく回るようにできることは事前に準備し、仕込みも何日分かまとめて行い、残ったものは翌日使います。月心寺ではこれが通用しません。
さらに、お客さまが仮に5人であったとしても、10人分作った方がおいしいものはロスを考えずに10人分作り、残ったものはすべてお客さまにお土産として渡す。その日に料理したものだけしか供さないので料理のエネルギーは抜けず、食味の上でも経時劣化などあり得ないのです。
それが一番わかりやすいのは里いもなどを炊いた場合です。いも類は一度でも冷蔵庫に入れると、繊維がしまってしまい、あのねっとりした食感が失われて色もボケてきます。
料理を生業とする料理屋では、これはなかなか難しいことなのですが、家庭であれば月心寺のような小いもの炊き方ができますね。実際は難しいことは何もありません。その日においしく炊いて、その日中に食べてしまうということです。家庭だからできる野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「小いもの含め煮」は、野菜料理をおいしくする7要素中5要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・里いも類を茹でる際に米の研ぎ汁や糠水、冷や飯を加えた水を用いる。水で茹でると素材から旨みなどの成分が茹で湯に溶け出てしまうが、研ぎ汁などの中にはでんぷん質が含まれているため、旨みや甘みが溶け出るのを防ぐ。
・また、でんぷんが素材の表面全体を覆って空気中の酸素との接触から守るので、酸化による変色も防げて白く茹で上がる。同様に素材が持つ苦みやえぐみなどの不要の成分を吸着し取り除く働きがある。
「小いもの含め煮」
【材料(作りやすい分量)】・小いも(径20~25mm) 30個
小いもについては「
小いもの衣被ぎ、わさび海苔和え」参照
・米の研ぎ汁 1.5L
・出汁 800cc
・薄口醤油 大さじ2
・みりん 大さじ2
・砂糖 小さじ2
・塩 1g
・柚子 少々
【作り方】1.小いもは小ぶりなものを選び、ざるなどに広げて陰干しする。1~2日すると、皮
の部分が乾燥してくるので、布巾などを使って皮をむく。陰干しが面倒な場合は、鍋に湯を沸かして皮付きのまま小いもを入れて3分ほど茹で、ざるに上げて皮を指でむく方法もあるが、さらに下茹でをすると表面が二重加熱になってしまうのであまりおすすめしない。
2.米の研ぎ汁を鍋に入れ、皮をむいて下の部分を切ったいもを加え、柔らかくなるまで茹でる。無洗米などで研ぎ汁が出ない場合は、残っている冷や飯(冷凍したものでもよい)を茹で湯1Lに対してピンポン球1.5個くらい加えるとよい。
3.小いもが軟らかく茹で上がったら、水に放して、流水の中で表面のぬめりを洗い流してざるに上げる。
4.鍋に出汁を入れ、水分を除いた小いもを加え、火にかける。砂糖、みりんを加えて5分ほど炊き、塩を加えてさらに3分ほど炊く。最後に薄口醤油を加えて火から下ろして30分以上おいて、味を含ませる。
5.冷蔵庫に入れずに常温で保存し、そのまま供すか、再度、温めて供す。柚子の皮の部分のみをおろし金で削り、先を切った茶筅でふりかけ香りを添える。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。 六雁(むつかり)
榎園豊治さんプロフィール銀座並木通りにある日本料理店「六雁」初代料理長であり、この連載の筆者でもある榎園豊治さんは、京都、大阪の料亭・割烹で修業を積み、大津大谷「月心寺」の村瀬明道尼に料理の心を学ぶ。その後、多くの日本料理店で料理長を歴任、平成16年に銀座に「六雁」を立ち上げた。野菜を中心としたコース料理に定評がある。
東京都中央区銀座5-5-19
銀座ポニーグループビル6/7F
電話 03-5568-6266
営業時間 (昼)12時~14時 (夜)17時30分~23時 ※土曜日のみ17時~
(営業時間は変更になることもあります。事前に店舗にご確認ください)
URL:
http://www.mutsukari.com連載でご紹介する料理を手がけてくださる、現料理長・秋山能久(あきやま・よしひさ)さん。 文/榎園豊治 撮影/大見謝星斗