プロよりおいしく作れる 野菜料理の“ちょっとしたコツ”365 身近な野菜で、プロよりおいしい野菜料理を作ってみませんか? 銀座の日本料理店「六雁(むつかり)」の店主・榎園豊治(えのきぞの・とよはる)さんに、家庭だからこそ実践できる“ちょっとしたコツ”を毎日教わります。
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今回は「
ひじきの炒め煮、おからの酢炊き」に続いて、おばんざいシリーズで秋のいり豆腐を紹介します。
今日は敬老の日ですね。おばんざいは各家庭で母から子へ伝わっていく料理の典型ですが、教えてもらったおばんざいのよさはそのままに少し豪華に作って、親への感謝を表すのもいいかもしれません。
その前に野菜料理の連載で取り上げるのは変かもしれませんが、魚の煮つけについてお話ししたいと思います。皆さまが抱くおいしい煮つけのイメージとは? 新鮮で脂ののった魚を使って煮汁の味が中まできちんと染み込んだものというのが多いかもしれませんね。
本当においしく魚を煮つけるには、新鮮ではあっても刺し身とは少し違い、捕れたての状態から少し熟成させアミノ酸が十分に増した状態で調理します。そして、仕上がりは表面だけに魚の旨みが凝縮したトロッとした煮汁が絡み、身は真っ白でふっくらというのが理想です。
では、そんな理想の状態に調理されたものはどこで食べられるでしょう。有名繁盛店? 海辺の民宿? おそらく無理でしょう。忙しい店、人手がない店は魚をまとめて炊いて準備しておき、温め直して提供せざるを得ない場合もあります。本来であれば、一匹ずつ料理人がつきっきりで炊くのが理想ですが、あくまでも商売なのでそれでは効率が悪すぎます。その結果が作り置きの温め直しです。これが皆さんに誤解を与えている、味がしみ込んだプロの煮つけの裏話です。
プロもほとんど知らない調理のポイントを特別にお教えします。ポイントは「中上げ」という技法です。炊いている途中で、一度、魚と煮汁を分けて魚には火を入れ過ぎず、煮汁は旨みを凝縮させるのです。
下処理した魚を鍋に入れ、日本酒、みりん、昆布出汁、醤油を加えて落し蓋をして強火で炊きます。魚に7割くらい火が通ったら、煮汁のみを別鍋に移して中火で煮つめます。魚から出た旨みが凝縮したら、元の鍋に煮つまった汁を戻して、中火で煮汁を絡めながら、魚に火を通します。このとき火を入れ過ぎて身をバサバサにしないことが重要です。1人当たり大さじ2~3杯くらいの煮汁が残るように煮詰めつつ火を入れて、身は真っ白なままふっくらと仕上げます。
話がいり豆腐から大きくズレてしまったように感じられるかもしれませんが、おいしいいり豆腐を作るコツも、この「中上げ」の技法なのです。技法を活用し、野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「秋のいり豆腐」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・豆腐はその90%弱が水分。したがって、味がつかないからと炊けば炊くほど豆腐から水分が出続け、食感はバサバサに。
・中上げの技法を用いて、豆腐の表面には少し強めの味をまとわせ、中は豆腐自体の味を残してしっとり仕上げる。
・全体として味のトーンは弱めにして、作り置きしておいた「松茸の佃煮」や「穂じそのいり煮」を仕上がりに加えることで、味の濃淡、メリハリ、そしておばんざいには少なくなりがちな風味を加える。
「秋のいり豆腐」
【材料(作りやすい分量)】・木綿豆腐 2丁
・こんにゃく(7~8mmの角切り) 50g
・新かんぴょう(幅1cm×長さ2.5cmに切る) 50g
・にんじん(7~8mmの角切り) 50g
・ごぼう(7~8mmの角切り) 50g
・しいたけ(7~8mmの角切り) 50g
・ほうれん草の茎(2.5cmに切る) 20g
・ごま油 小さじ1
・サラダ油 小さじ2
・出汁 200cc
・塩 2g
・薄口醤油 大さじ1
・みりん 小さじ1
・松茸の佃煮(一口大に切る) 適量
「
松茸の佃煮、吸いもの」参照
・穂じそのいり煮 適量
「
穂じそのいり煮」参照
【作り方】1.木綿豆腐は冷蔵庫で半日押して水分を抜いておく。豆腐の押し方は「
トマトの白和え」参照。
2.新かんぴょうは水洗いし、塩(材料外)を少々ふりかけて軽くもむ。塩を洗い流してたっぷりの水に10~15分つけて柔らかく戻し、1cm×2.5cmに切る。
3.こんにゃく、にんじん、ごぼうは各下茹でをしておく。ほうれん草の茎は茹でて水に放し、水気を除いて2.5cmに切る。
4.鍋を火にかけ、ごま油とサラダ油をひき、新かんぴょう、こんにゃく、にんじん、ごぼう、しいたけを加えて炒める。豆腐は手で一口大にちぎって加える。出汁と調味料を加えて沸いたら中火で5分くらい炊いて、具材をざるに上げ煮汁と分ける。
5.煮汁は鍋に戻して中火にかけ、最初の量の1/4~1/5くらいまで煮つまったら、ざるに上げておいた具材を鍋に戻し、強火にして具材の表面に煮汁を絡めてしっかりと味をつけていく。
6.最後にほうれん草の茎と松茸の佃煮を加えて少し炊いたら、火から下ろして器に盛りつける。仕上げに穂じそのいり煮を散らす。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。 六雁(むつかり)
榎園豊治さんプロフィール銀座並木通りにある日本料理店「六雁」初代料理長であり、この連載の筆者でもある榎園豊治さんは、京都、大阪の料亭・割烹で修業を積み、大津大谷「月心寺」の村瀬明道尼に料理の心を学ぶ。その後、多くの日本料理店で料理長を歴任、平成16年に銀座に「六雁」を立ち上げた。野菜を中心としたコース料理に定評がある。
東京都中央区銀座5-5-19
銀座ポニーグループビル6/7F
電話 03-5568-6266
営業時間 (昼)12時~14時 (夜)17時30分~23時 ※土曜日のみ17時~
(営業時間は変更になることもあります。事前に店舗にご確認ください)
URL:
http://www.mutsukari.com連載でご紹介する料理を手がけてくださる、現料理長・秋山能久(あきやま・よしひさ)さん。 文/榎園豊治 撮影/大見謝星斗