かくして我が病院にはニャンタロー、コニャンタ、ケナガニャンタローの三匹が居候することになったのだった。ニャンタローとケナガニャンタローは生粋の野良猫だったので、もちろん去勢などはされていなかった。
そのために男性ホルモンが正常に分泌されてオスの第二次性徴が強く発現していた。特に頰の両側に張り出した雄猫の象徴である“肉の盾”が発達しているため、顔の大きさは去勢されたオス猫の2倍の大きさに見えた。筋肉隆々で腕も太く逞しく、男らしい男が皆そうであるように、度胸があるから常に余裕満々だった。
子猫やメス猫に優しく、オス猫には礼儀正しく、犬に吠えられようが知らない人に触られようが全く動じることがなく、常に穏やかだった。苦労してきた経験があるため遠慮しているのか、猫特有の迷惑な尿スプレーなども一切しなかった。非常に立派な外観は獅子のようでもあり、私の自慢の猫たちとなった。
素晴らしい家族に囲まれ、若かった私はさらに我武者羅に働いた。勤労は誰かの幸せのために行う行為だ。感謝を受ければ嫌でも金は集まる。私はとうとう件(くだん)のボロアパートを買い上げて動物たちを沢山受け入れ、生き物だらけの生活を満喫した。これが通称“怪物館”の前身である。
愛犬リーラをはじめ、沢山の命たちと暮らすために自分の手で家に大改造を施した。腐った畳部屋はフローリングに張り替え、老朽化して傾いた家の軀体は数十基の自動車用ジャッキで持ち上げて水平に直した。その後、大きな地震で損壊したので思い切って新築の家を建てた。病院にいた猫たちは、この“新怪物館”の猫の部屋に引っ越してもらった。
ハナブトオオトカゲ、ギンガオサイチョウ、キンカジュー、フクロギツネ……。どんどん住人が集まる。もちろん猫たちも増えていった。私は幸せだった。
ある日から不思議な現象が起こった。仕事から帰ると猫部屋の戸が開いているのである。リーラに聞いても「2階で寝ている間にこうなっていました」と言う。不思議に思って出かけるふりをして家の裏に回り、窓から監視してみた。すると……。
ケナガニャンタローを中心に若い猫たちが全員神妙な顔つきできちんと坐っているのが見えた。ケナガは次の瞬間すっと2本足で立ち上がり、「では今からドアの開け方を伝授する」と言いながら、「ニャッ!」という掛け声とともにドアノブに飛びついて両手で回し、壁を蹴って戸を開けたのだった。
若手の猫たちは「おー!」と歓声を上げて大拍手だ。私が窓ガラスをコンコンと叩いて「だめじゃないか」と言うと、ケナガは「ニャオーン」と猫のように鳴いてみせた。
野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)
野村獣医科Vセンター院長。東京・中野に位置するモダンでクリーンな病院は、個人経営の動物病院のイメージを覆す、ハイテク医療機器の揃う命の砦。ブラック・ジャックを彷彿させる院長の手術の腕を頼って、他の動物病院から見放された難病患者が全国から訪れる。動物たちの守護神として、大勢のスタッフとともに年中無休で診療にあたる。
『家庭画報』2021年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。