樂家を継ぐこととは──
初代長次郎の精神を軸に自分と向き合う覚悟を持つこと日々の暮らしから教わらないことを教わる
当代で十六代目となる樂家。一子相伝の技は、暮らしの中で自然に身につけるものだといいます。
「例えば、1月4日の手始め式。父がまず赤と黒の茶碗を手捏(てづく)ねし、その次に私、そして弟が順番に捏ねます。物心つかない頃から続けていますが、父は背中で見せるだけ。中学生くらいになると、格闘しているうちに形になってくるのです。また、私は幼い頃から樂家の窯が好きでしたが、子ども心に窯焚きに挑む大人たちの熱気を感じ取っていたのでしょう。
日々の暮らしから教わり、茶碗づくりや釉技は父から子に“教えない”という樂家の教え。だからこそ歴代を真似たりせず独自の世界が生み出せるのだと思います。茶碗づくりの基軸は、千 利休の侘びの思想を体現した初代長次郎です。樂家の原点であり樂茶碗の本質でもある精神性を理解するように努めながら、土と火と対峙しています」
学生時代には跡を継ぐことに葛藤があったといいますが、それももう昔の話。今はひたすら、襲名披露の個展に向け茶碗をつくる日々。コロナの蔓延という逆風の中を静かに船出する凜々しい姿があります。
左・毎年1月4日の早朝に広間の茶室で行われる「手始め式」。土と対話することを、家の恒例行事から自然に学んでいく。右・幼い頃初めて窯場に入り、緊張しておもらしをした当代。父は「窯場が持つ凜とした空気を感じている」と喜んだ。写真/樂 直入「長次郎の時代はまだ樂焼という言葉はなく、現代の茶碗という意味で『今焼』といわれていました。令和の時代の今焼をどこまで感じていただけるか。こんなご時世ですので開催も不確定ですし、『ぜひ』とはいい難いですが、ご覧いただけると嬉しいです」
初代 長次郎の黒樂
[銘 万代屋黒 樂美術館所蔵]「初代長次郎の茶碗こそが、我々後継の者すべてにとっての基軸。そこから自分自身と対峙します」
利休が娘婿の万代屋宗安(もずやそうあん)に贈ったと伝わる茶碗は小ぶりながらも大きな存在感。「初代の茶碗は、利休の茶の思想を体現しています。仄暗い茶室の中でどんなふうに在り、茶事でどんな役割を果たしたのか。初代の茶碗から樂茶碗の本質を教わっています」と、当代は語ります。
十六代 吉左衞門の黒樂
「樂茶碗は茶を飲むために生み出された焼物。そのための、最高の器といえます」
今回の個展で初めてお披露目される当代作の黒樂茶碗。モダンな佇まいからは、令和の現代も樂茶碗が「今焼」であり続けていることが伝わってきます。釉薬の躍動を感じる大きな釉垂れも見どころの一つ。「窯から出すのが10秒遅ければ、この釉垂れにはなりません」窯焚きの精進が生んだ一碗です。
樂焼を生み出す「窯場」と「手」
樂家の伝統と革新――。その歴史の中で十六代吉左衞門の歩みが始まった。
下のフォトギャラリーからご覧ください。 Information
十六代 襲名記念
樂 吉左衞門 展
- 京都展 2021年10月13日(水)〜19日(火) 髙島屋京都店6階 美術画廊 ※最終日は16時閉場 東京展 2021年年11月3日(水・祝)〜9日(火) 髙島屋日本橋店本館6階 美術画廊 ※最終日は16時閉場
撮影/田口葉子 取材・文/白須美紀
『家庭画報』2021年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。