たまたま居合わせたその人の幸せをそっと願ってみる
まずはご自身の日常の中で思いを向ける範囲を今までより少し広げてみませんか。
たとえば近所の人と出会ったら「こんにちは、寒くなりましたね」とにこやかに話しかけてみる。元気がなさそうに見えた相手も笑顔で言葉を返してくれるはずです。病院の待合室で見かけた不安げなお年寄りに「早くよくなりますように」と願うだけでもよいのです。たまたま居合わせた見ず知らずの人の幸せを願うのは人間の心根にある優しさの本質です。
私も電車の中で、隣に座った人が熟睡してもたれかかってきても「よほど疲れているんだろうな。ここでよければどうぞ」という思いで肩を貸すことがあります。その人は電車を降りた後で少しだけ疲れが軽くなって、誰かに笑顔で接することができるかもしれません。
自分が発したごく小さな優しさを感じ取った誰かが、外の世界に優しさを蒔いていく。こうしてコンパッション(慈悲)の輪が無限に広がっていくと思うのです。
満たされた心で人を助けられる。これ以上の幸せは、ない
私は精神科診療の現場で、頑張りすぎて心が疲弊し苦しんでおられる多くのかたがたと向き合っています。その中で、マインドフルネスの瞑想習慣によって「人はこれほどにも変われるんだ」と私自身が驚かされる経験を何度もさせていただきました。見違えるように表情や言葉遣いが穏やかに、物腰や立ち居振る舞いが丁寧になり、自分が周りの人をほっと安心させ、癒やす存在になるのです。
自身の心が満たされる「自利」、満たされた心で他者を助け、支える「利他」――。人としてこれ以上の幸せはないのではないでしょうか。そしてその先にある「円満」な社会へ向けて、まずは一人でも多くのかたがご自身に優しくあられますことを日々、心より願っております。
今月のキーワード「縁起の法」この世のすべての事柄には、それが生じる原因があり、無数の条件が重なって最終的に結果が生じているという仏教の根本的考え方。人の命も単独では存在し得ず、縁が重なることによって奇跡的に生まれ、互いに支え合って「生かされている」という感謝の心につながる。