九谷焼の原料である花坂陶石(はなさかとうせき)で作られた食器。九谷焼の今を知る「九谷セラミック・ラボラトリー」へ
石川県小松市が誇る石文化の可能性を探求し、進化し続ける九谷焼を体験できる場として、2019年にオープンした「九谷セラミック・ラボラトリー」(通称:セラボクタニ)。
周囲と調和しつつ、独特の存在感を放つユニークな建物は、建築家・隈研吾氏による設計。コンセプトは「大地と有機的につながるおおらかな平屋建築」。館内は、製土工場・作品ギャラリー・体験工房・レンタル工房・外土間を兼ね揃えた、複合型の九谷焼創作工房となっており、展示見学やさまざまな体験メニューを通して、九谷焼の全工程を知ることができる施設です。
九谷焼の製造工程を紹介する常設展示スペース。左側には製土工場がある。九谷焼作家による期間限定の作品展示を随時開催。購入も可能。体験工房では、同施設内の製土工場で製造した磁器土を使ってろくろでの器づくりと絵付けが体験できる。なかでも施設でとりわけ目を引くのが、製土工場エリア。
九谷焼づくりに欠かせない磁器土を小松市で60年以上にわたって製造し続けている谷口製土所の工場が実際に稼働しており、九谷焼の原料である花坂陶石(はなさかとうせき)を粉砕し、質の高い磁器土が完成するまでの工程を間近で見学できます。
石から粘土となる実際の工程を間近で見られる、全国で唯一の製土工場。九谷焼といえば、まず思い浮かぶのは、九谷五彩と呼ばれる五色(緑・黄・赤・紫・紺青)を使った鮮やかな色絵ですが、ここセラボクタニでは、素となる「石」から九谷焼にアプロ―チしています。
日本遺産にも認定されている石川県小松市の石文化
九谷焼の原料である花坂陶石。九谷焼の主要な産地である、石川県小松市は、豊かな地下資源を有し、古くから石によるモノづくりが行われてきた町。
その礎は、2000万年前の地殻変動により日本海側の火山活動が活発化によりした結果、さまざまな地下資源が生み出されたこととされています。小松の人々は、大地の恵み「石」を生活に役立つ資源として見いだし、遥か昔からその時代ごとのニーズに応じた使い方を考案し、進化させ、技術とともに町も発展してきました。
弥生時代の碧玉(へきぎょく)の玉づくり、古墳時代の腕飾りづくり、江戸時代の小松城築城に見られる切石加工技術、九谷焼の原料となる花坂陶石、さまざまな場所に残る石切り場や石蔵、国会議事堂ほか全国の歴史的建造物に使用される銘石材と、長い歴史の中で受け継がれてきた小松市のこの「石の文化」は、2016年に日本遺産(※)にも認定されています。
※日本遺産:地域の歴史的魅力や特色を通じて、日本の文化や伝統を「ストーリー」として国内外へ発信し、地域活性化を図ることを目的に、文化庁が認定した日本の文化遺産保護制度のひとつ。九谷焼の鮮やかな絵の下にあるもの
採石場から運ばれた花坂陶石。九谷焼の原料として使われている花坂陶石は、江戸時代後期に小松市花坂地区で鉱脈が発見されて以降、現在も採掘され続けている希少な陶石。空洞を有した結晶構造で、吸水性があり粘り気が強く、磁器にする際の成形や細やかな作業にも適しており、焼き上がった素地は、青みを帯びた白色で独特の美しさがあります。
スタンパーと呼ばれる機械で粉砕し、粘土にしていく様子。九谷焼の作家の中には「花坂陶石でなければ真の九谷焼ではない」という人も多く、九谷焼の鮮やかで重厚な絵付けの下には、この花坂陶石による高品質な素地が隠れているのです。
陶石の採石から、粘土加工、素地づくり、上絵付けまでの工程を一貫して同一地域で行っていることは、小松市ならではの九谷焼の特徴。恵まれた地下資源と、各工程それぞれの分野で活躍する人たちの技術革新によって、世界に誇るジャパン・クタニは発展してきました。
サステナブルな発想から生まれた、新しいクタニ
セラボクタニ内の製土工場を稼働させている谷口製土所は、小松市内に現在2軒だけ残る製土所のひとつ。製土だけにとどまらず、美しい絵付けの九谷焼を支えてきた土づくりの視点から「九谷焼の絵付け技術や様式の継承だけではなく、その後ろにある山や環境のことも未来に伝えていきたい」という思いのもと、新しい九谷焼商品を生み出しています。
それが、花坂陶石に由来したテーブルウェアブランド「HANASAKA」。
谷口製土所が展開するテーブルウェアブランド「HANASAKA」。日常づかいにぴったりな、シンプルで飽きのこないデザイン。その名のとおり、花坂陶石を原料とし、絵付けや装飾はあえて一切施さず、素材感を前面に押し出した、新しいクタニです。普段は九谷焼の華やかな絵柄のいわば“キャンバス”となっている素地ですが、素地づくりにも職人の高い技術があることが伝わってきます。
「HANASAKA」の中でも現在、特に注目を集めているのが「Une(ユンヌ)」シリーズ。
「Une」シリーズ。九谷焼の窯元による手挽きろくろで作られている。どんな料理を盛りつけても映えそうなやさしいベージュの色合いは、製土の際に不純物として取り出された残土を使って作った釉薬(うわぐすり)によるもの。
このアップサイクルの発想は、花坂陶石が採れる鉱山が減少していくなかで、次世代に向けて九谷焼の産地・小松の可能性を伝えていきたいという強い思いが込められています。
古代から現代まで石を通したモノづくりを育んできた小松市。その石の文化が時代の流れに応じた革新を重ねて受け継がれてきたように、小松市における九谷焼もまた、作り手の技術と創意工夫によって、どう進化し続けていくのか目が離せません。