パンデミックの時代が求める音楽 ワルツの熱情 第5回(全12回) 明と暗が表裏一体となったワルツの底知れない魅力を訪ねます。
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エドゥアルト・シュトラウスさんとハルモニウム(家庭用オルガン)。1834年のコティキエヴィツ製で4区の晩年の家に置いてあった。シュトラウス自身が注文したもので夜にも他の部屋に響かぬよう、弱音装置がついていた。ヨハン・シュトラウス2世の弟 エドゥアルト・シュトラウスの曾孫が語る。素顔のヨハン・シュトラウス
曾祖父と同名のエドゥアルト・シュトラウスさん(法律家)は「ヨハンの生涯は、常に問題がありドラマティックでした」と語ります。
内部には、ベーゼンドルファー社から贈られたピアノや使用していた立机、ヴァイオリン、楽譜(複写)・風刺画などが展示されている。子ども時代から父母の不和を見て育ち、父に音楽を禁じられ、つらい子ども時代を送り、兄弟との確執も知られています。
「ヨハンの上の弟のヨーゼフは才能があっても母にいわれて兄のサポートをせざるを得ず、いつも複雑な思いを抱いていたでしょう。下の弟のエドゥアルトは気難しい性格で、100枚にも及ぶ遺書を残すほど細かく、また兄の楽譜を焼いてしまったという不祥事も起こしています」。
幸福には見えるものの3人の妻とのそれぞれの金銭にからむ難題もあり、いちばん幸せだったのは「多分、最初の妻イエティとの時代であったと思います。理解があり、音楽面でもよきパートナーでありましたから」。