日常の中に見出す心なごむ小品
黒柳 お正月特集なのに、さっきから憂鬱な話しかしてないわね(笑)。もっとおめでたい話をしないと。
五木 そうそう、28年前の対談で、黒柳さんからマリー・ローランサンが好きだという話をうかがって、なるほどと思ったことがあります。僕はそれまでローランサンに対して何となくロマンティックで少女趣味みたいなイメージを持っていたんですね。最近流行りの言葉でいうと、アンコンシャス・バイアス──頭ではわかっているけど、心の奥底になんかそういう先入観があった。ところが、そうじゃないということを教わって、ローランサンを違った目で見られるようになりました。
黒柳 それはよかったです。
五木 ローランサンの絵をコレクションして、黒柳徹子美術館をつくったらどうですか(笑)。
黒柳 そんな、ローランサンの名画を何点も集めるのはさすがに難しいです。でも、実はアメリカのガラスの文鎮で、中にガラスのお花なんかが入ったのをいくつか集めているので、まとめてお見せできるような場所をつくれないかと考えているところなんです。
五木 ペーパーウエイト美術ですね。あれはすごくいろいろ伝統的な文様やデザインがあって、ヨーロッパからアメリカに渡ったアートの中の一つのジャンルとして確立されています。
黒柳 よくご存じ! 日本ではあまり美術品扱いはされていませんけど、好きで長いこと集めてきました。あと、「犬筥(いぬばこ)」も集めています。犬筥は雛人形と一緒に飾られる犬の形をした雌雄一対の箱で、お稚児さんみたいな顔をしています。私が持っているのはせいぜい江戸末期か明治初期のものですが、昔はお姫さまのお嫁入り道具で、中にお化粧道具を入れたり、赤ちゃんの肌着をかぶせたりしていたそうです。犬は安産と幼児の無病息災を祈るお守りだから。それをだんだん下々の者が真似して、もっと小さいのをつくるようになった。だから、ペーパーウエイトと犬筥のコレクションを皆さんに楽しんでいただく場所をつくりたいと思っているんです。
五木 そんなギャラリーができたら、きっと『家庭画報』の読者が列を成しますよ(笑)。今は一般の人たちの中にも、ウィリアム・モリスなどの文様やデザインに関心を持つ人が増えているし、ペーパーウエイトもとても人気がありますから。自分でそういうものをつくる人も増えています。
黒柳 そうですか。知らなかった。ギャラリーの壁紙はウィリアム・モリスにしようかしら(笑)。
写真/ライダー写真家はじめ・PIXTA一日でも長生きして世の趨勢を見たい
五木 そうした小さなものに日常生活でくたびれた心を癒やしてもらう、そういうことってありますよね。柳 宗悦なんかもそうですが、偉大な画家の作品でなくても、名もなき工匠が手がけた小品を自分の手もとに置いて、それを手にしたときにふっと心が安らぐとか。
黒柳 あります、あります。
五木 今、小中学生のうつ病が増えていますが、それこそ今日のテーマの「生きる喜び」をどう発見するかというのは大事なことですよね。ギリシャ・ローマの古典を見に行かなくても、身近なものの中にそういう心癒やされるものがあることに気づく。一枚のお皿とか、枕カバーからカーテンの柄まで、日常生活の中にいくらでもありますから。
黒柳 28年前もおっしゃっていましたね。今日はネクタイがうまく結べたとか、富士山が見えたとか、そういう小さな喜びを一日に一つ見つけようって。
「やっぱり人間、長生きして元気でいようと思ったら、好奇心を持ち続けることですね」(黒柳さん)
五木 そうそう、そういう喜びは身の回りをよく観察すれば、たくさん見つかります。見過ごしてしまったらもったいない。人にいえないような小さなことでもいいんです。たとえば、僕はしばらく金沢に住んでいたんですが、料亭で出される割り箸に白い紙が巻いてあるでしょう、あれを集めていたことがあります。あの紙を何というか、ご存じですか。
黒柳 名前があるんですか。
五木 あれね、「箸帯(はしおび)」というんです。
黒柳 いい言葉ですね。
五木 由緒のある料亭はそれなりにちゃんとした箸帯をつくっています。普通は何げなく割り箸を抜いたら捨てちゃうけど、抜くときに「箸帯」だという意識があると、何となくエロティックでしょ(笑)。
黒柳 あ、そうね、帯を解いて──。
五木 まっさらな箸をスッと出すという。喜びというのは、そういう小さいところにいっぱいあるんですね。そんな些細なことで毎日楽しんでいれば、お金もかからないし(笑)。
黒柳 やっぱり人間、長生きして元気でいようと思ったら、好奇心を持ち続けることですね。
「身の回りをよく見れば、喜びは小さいところにいっぱいある」(五木さん)
五木 僕の今の関心は、世の中がどういうふうに変わっていくかということですね。コロナ禍が始まったときは3~4か月で終わると思っていたのに、これほど長く続いていることにびっくりしますし、こんなにみんながマスクをして歩いている時代なんて、日本の歴史の中で初めてでしょう? 僕には好奇心が溢れるほどありますから(笑)、一日でも長生きして変化の具合を見ていきたいですね。
黒柳 私も!(笑)
撮影/下村一喜〈AGENCE〉 文/大山直美 スタイリング/大野美智子 ヘア/松田コウイチ(MAHALO) メイク/MAHIRO
『家庭画報』2022年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。