パンデミックの時代が求める音楽 ワルツの熱情 第9回(全12回) 明と暗が表裏一体となったワルツの底知れない魅力を訪ねます。
前回の記事はこちら>> 回って踊るウィーンっ子たち。レントラーとワルツが人と人をつなぐ
「美しく青きドナウ」の音楽に合わせて、左回りのワルツで優雅に踊る。男性のリードで進む、流れるように軽やかな美しいフォームは、ふんわりと花が開いたよう。舞曲は、古来たくさんの音楽家が作ってきましたが、シューベルトやブラームスも折に触れ、オーストリアの民族音楽やその舞踊からのリズムを取り入れた作曲を試みています。
オーストリアには、たくさんのフォルクスタンツ(民族舞踊)のグループがあり折々に祭典が催され、秋には収穫祭の踊りの会が開かれます。
レントラーは民族舞踊の世界では「ランドラー」といわれ、「何々ランドラー」という名前がつけられたものは100種類以上にも及び、振り付けも各地方の独自性があり、バラエティに富んでいます。フォーム自体は古く、16世紀に遡り、フレスコ画にも描かれています。
踊りの祭典で民族衣装を着て踊る二人。体の間隔があるのがランドラーのフォーム。テンポもゆったりとしていて人々は時を楽しんでいる。ワルツよりも複雑な踊りが多くマスターするには年数がかかる。音楽と共に使用される楽器はボタン式ハーモニカやヴァイオリン、クラリネットなどが含まれ、創作楽器が加わることもある。ゆったりとした3拍子に乗って踊りますが、ワルツフォームとの違いは、おなかの部分をつけないのがマナーです。またぴったり向き合わず、少し互いの体をずらし、女性のステップは大きく踏み出さない等の常識もありました。
ワルツでは男女のおなか部分をつけて踊る。意外に地方のほうが踊りによっては控えめなところもあったのです。対してワルツでは男女のおなか部分をつけ、女性は少し上体をそらして、パートナーに身を任せて踊ると自然に遠心力が働き、踊りやすくなります。
ワルツはドイツ語では、ヴェルツェン「転がす」という意味がありましたから、とめどなく続いていくものを意味しました。3拍子のランドラーがクラシックの世界では「レントラー」と呼ばれ、それが18世紀半ば過ぎ頃からなだらかに「ワルツ」になったもので、ウィーン会議の頃には洗練されたスタイルとなりました。
そして何といっても、ヨハン・シュトラス2世の存在がなければ、ここまでにはウィンナー・ワルツは浸透しなかったことでしょう。ワルツだけでも168曲を作り「こうもり」のカドリーユなども最も愛されているものの一つです。舞踊音楽に大輪の花を咲かせて人々を夢に誘いました。
100周年を迎えた「エルマイヤーダンス学校」の校長、トーマス・エルマイヤー氏は彼自身も60年間、踊りに携わってきました。ワルツは踊る楽しさが一番ですが、時代を担う若者には「踊りを通じてのマナー、人と人とのコミュニケーションを大切にしてもらいたいのです。
ワルツの音楽と踊りのもつ、微妙な〈揺らぎ〉はウィーン独特の雰囲気であり他の都市では見られません。この伝統はどうしても伝えたいですね。芸術的な作法といってもいいでしょうか。そのようにして楽しみつつ、人と人は親しくなっていくものと思います」と語ってくださいました。
ワルツは練習時から白い手袋は必須でマナーも学ぶ。©Matthias Brandstetter ©Barbara Pálffy/fotopalffy 撮影/シモン・クッパーシュミート ウィーン取材コーディネート・取材・文/武田倫子 編集協力/三宅 暁(編輯舎)
『家庭画報』2022年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。