井上シェフの料理の要である上質な食材。普段見ることができない生産の現場を訪ねると、おいしさの理由を垣間見ることができました。
全国の料理人が頼る野菜の達人
「石割農園」の石割照久(いしわり・てるひさ)さん。今回訪れたのはザ・リッツ・カールトン京都から車で30分ほどの距離にある「石割農園(いしわりのうえん)」。江戸時代から続く農家の10代目である石割照久(いしわり・てるひさ)さんは、井上シェフとは20年以上の付き合いです。
石割農園の特徴は何といっても“オーダーメイドの農業”。化学肥料をほとんど使わず、野菜の大きさや色、食感にいたるまで、料理人の要望に応じて育てています。
手がける野菜の種類はなんと150種類を超えるほど。石割さんと奥さま、教え子の3人で農園を営んでいるということにも驚かされます。
河川敷にある大きな畑のほか住宅地の中にも点々と農地があり、伝統的な京野菜から普段あまり目にすることのない西洋野菜まで、多種多様な品種を栽培している。オーダーメイドの農業、その原点は?
大学では法律を学び、工場の自動化を手がける企業で営業マンとして働いたのち、30代で農業を始めた石割さん。祖父から基礎を学び、試行錯誤を繰り返す中で転機になったのは、京都の老舗料亭の主人からの依頼でした。料亭の要望を聞きながら野菜を作るうちに、次第に京都の和食の世界を中心に注文が入るようになり、現在では全国各地の料理人に頼られる存在に。
オーダーメイドの農業という、当時としては珍しい取り組みの原点は意外にも会社員時代にありました。「どのメーカーの工場でも、製品によって特徴を出したい部分があるんです。それをくみ取ってシステムに反映する仕事は今の農業にも通じる部分がありますね」。石割さんの野菜は、料理人が理想の味を実現する大きな助けとなっているのです。
その場で切って食べさせてくれた採れたてのかぶ。甘く、たっぷりと水分を蓄えている。シェフズ・テーブルでは白甘鯛の付け合わせとして使われていた。既存の常識にとらわれない農業への挑戦
「農業は科学ですから、今やっていることをしっかり検証して、どんどん新しいことにも挑戦していかないといけません」と石割さん。野菜作りに欠かせない肥料も様々な工夫の賜物です。例えば、愛媛や和歌山のみかんがおいしいのは海からのミネラルが要因と考え、柑橘類を栽培する際には、その栄養を再現するために牡蠣やあわびの殻を肥料に活用しているのだそう。また、同じハウスの中で加茂なすとぶどうを一緒に育てるなど、新たな農法にも挑戦しています。
石割さんからあふれ出す、多くの野菜を育ててきたからこその豊富な知識と、時代に合わせて次々と新しい試みを行うバイタリティ。日本中の料理人が信頼を寄せる理由がわかった気がしました。
ちりめんキャベツを手に井上シェフと調理法について意見を交わす場面も。丁寧なコミュニケーションが極上の味わいを生んでいる。「我々は野菜を食べる人の顔は見られませんが、料理人を通して食べた人が笑顔になる野菜、健康になる野菜を作ることが一番大切なことだと思っています」と語る石割さん。
料理の一品一品に、食に関わるすべての人々の思いが込められていることを感じました。