エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年2月号に掲載された第7回、エッセイストの森下典子さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.7 和菓子のなぞなぞ
文・森下典子
お茶の稽古に通い始めた頃、よくこんなことがあった。「さ、お菓子を召し上がれ」と、先生に勧められ、懐紙にとった上生菓子を楊枝で切り分けて口に入れる。食べ終わった頃、先生から突然、こう質問されるのだ。
「今のお菓子、何だったかわかる?」
「え……」
私たち生徒は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で絶句する。たった今食べたばかりで、口の中には練り切りの甘みが残っているのに、それが何だったのかわからない。先生は「やーね」と呆れて、「今のは寒牡丹ですよ」とか、「あれは鶯で、銘は『初音』といいますよ」などと、教えてくださるのだった。
稽古のたび、毎回違うお菓子が現れた。喜んで食べていると「今のお菓子、何だった?」と、また先生が言う。私たちは絶句する。そんな「和菓子のなぞなぞ」を繰り返しながら、春夏秋冬のサイクルを何周しただろう……。やがて、そのお菓子が何なのか、私にもわかるようになってきた。
たとえば春は、ピンク色の生菓子が頻繁に登場する。けれど、よく似たピンクでも、時期によって意味するものはまるで違う。
二月初め、二十四節気の「立春」以前のピンクは、ほとんど「寒椿」である。けれど、立春を過ぎると、それは「紅梅」だ。実際にはまだ椿も咲いているけれど、季節のスターのバトンは、梅に手渡されるのだ。梅には、よく白とピンクの二色が使われ、「咲き分け」という菓銘になる。
これが三月に入ると、同じピンクでも意味するところは「桃」や「お雛様」だ。そして、四月になれば「桜」という大スターが季節を駆け抜ける。はんなりしたピンクが様々な意匠に変化し、「初桜」「夜桜」「花吹雪」「花筏」などと銘も変わっていく。
私たちは「和菓子のなぞなぞ」を通して、無数に変化する季節の美しさを体で知った。これが教養というものか……。日本はなんて豊かなのだろう。
森下典子大学時代から『週刊朝日』連載のコラム「デキゴトロジー」の取材記者として活躍し、ルポライター・エッセイストとして精力的に活動。2018年には『日日是好日「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』が映画化。『青嵐の庭にすわる「 日日是好日」物語』を2021年11月に刊行。
表示価格はすべて税込みです。※宝玉りんごは生菓子のため店頭のみでの取り扱いになります。