二人の人間国宝の新たなる挑戦 最終回(全3回)「君の夢は何だ」。そんな問いかけをきっかけに始まった、人間国宝同士のコラボレーション。重要無形文化財「羅(ら)」「経錦(たてにしき)」保持者の北村武資と、「友禅」保持者の森口邦彦。ともに染織文化を代表する二人の作家は、何を思い、どんなきものを制作したのか――。前人未到の偉業を、ここにお届けします。
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北村さんの生地を見た森口さんは、これをさらに高める染めがしたいと、生地を衣桁に掛けて毎日眺めたそう。こうして繊細な織りの上に、地白、蒔糊、無地の菱が上から下に変化していくデザインが生まれました。正確な比率で描かれる森口さんのデザイン画。「君の夢は何だ?」
すべてはここから始まった
織りの天才・北村武資と、染めの鬼才・森口邦彦。奇しくも同じ京都に生まれ、ともに染織文化を牽引し、重要無形文化財保持者となった二大巨匠の出会いは、54年前にさかのぼります。第15回日本伝統工芸展に出品された北村さんの帯を見て、森口さんが感動したのがきっかけです。
北村武資さん1935年京都市生まれ。1995年に「羅」、2000年には「経錦」において重要無形文化財保持者に認定。古代技法の復元だけでなく、現代に生きる織りのクリエイターとして尊敬と支持を集める。森口邦彦さん1941年京都市生まれ。2007年、父・華弘氏と同じ「友禅」の分野にて重要無形文化財保持者に認定。世界的に活躍する作家であるとともに、三越のショッピングバッグのデザインでも知られる。「あの日の衝撃は、昨日のことのように覚えています。この世にこんな織りがあるのかと心底驚きました。北村さんのような素晴らしい帯を作る人がいる世界ならば、自分ももっと友禅を頑張って出品し続けよう、そう決意したのです」
フランス留学から帰国し、父の華弘さんの工房に入った若き森口さんの心を鷲づかみにした北村さんの帯。一方、北村さんもまた、寝食を忘れて織りの研鑽を積む日々の中で、初入賞となった記念すべきそれは、「織りの可能性についてオリジナリティを模索する中で、手応えを感じた作品だった」といいます。
以降、それぞれの創作活動が互いを刺激し合い、それによりそれぞれの生み出す美が極められ、早、半世紀。互いを尊敬し合う二人の関係は、他の誰とも違う、強い絆で結ばれているといっても過言ではありません。
「呉服業界の挑戦者」とも呼ばれる銀座もとじ店主、泉二弘明さんは、長年にわたり二人との親交を深めていく中で、あるとき、こんな質問を投げかけられます。
泉二弘明さん 銀座もとじ店主1949年奄美大島生まれ。1979年に銀座に店を構えて以降、染・織・男のきものに専門特化した独自の店舗展開を行う。作家とお客さまを繫ぐプロデューサーとしての手腕も高い。「君の夢は何だ?」
森口さんにそう尋ねられた泉二さんは、「お二人がご一緒の二人展を開催することです」と即答したそうです。
泉二さんの言葉を聞いて「率直にいってとてもうれしかった」という二人。その後、多いに語り合い、北村さんの「自分が織った布に森口さんが染めたらどうか」という提案で、いまだかつてない新たな創作に挑むことに。“北村武資が織り、森口邦彦が染める”――二大巨匠の人間国宝同士が一枚のきものを作るというプロジェクトは、こうして始まったのです。