700年以上の歴史を持ち、福井県越前市武生(たけふ)地区に伝わる「越前打刃物」をご存じですか。“美しい切れ味”とまで称される刃物は、一体どのようにして誕生するのか――。越前打刃物を代表する5人の工房を訪ねました。
700年にわたって刃物鍛冶の伝統を継ぐ
福井県越前市「刃物の里」をたずねて
熟れたトマトにすっと吸い込まれ、ことんとまな板と出逢う包丁。良く切れると評判の越前打刃物は、一般家庭のみならず世界中の料理人やパティシエからの信頼が厚い、福井県を代表する伝統的工芸品です。
越前打刃物のトップ集団が手がける刃物類。この刃物が生み出されるのは、古くから刃物の産地として有名な越前市。
その歴史は700 年前に遡り、京都から千代鶴国安(ちよづる・くにやす)という刀匠が、刀鍛冶に欠かせない美しい水が出る地を探し求め、鍛冶の町であった越前・武生に辿り着いたのだそう。
彼はそこで刀だけではなく、鎌などの農業用の刃物を作り広めました。人殺しのための武器ではなく、人の役に立つ道具の開発に励んだのです。
出刃包丁を鍛える清水正治さん。鉄でできたハサミ状の「火造り箸」を自在に操り、鋼(はがね)を目的の大きさまで広げてゆく。火造り箸も含め道具のほとんどは、それぞれ自前で製作を行う。40℃近い暑さの工房に、ベルトハンマーの音が響く。その精神は越前の里にしっかりと根づき、越前・武生は今でも鎌、包丁といった道具の生産が盛ん。薄く、美しく、切れ味が長く続き、刃こぼれしにくいと評判です。
ある若い蕎麦職人はその切れ味に感動して、刃物職人のもとへ弟子入りしたというほど。また「世界のベストレストラン」で10位以内に入るシェフのほとんどが、越前打刃物を使っているということからも、その切れ味や使い勝手は推して知るべしでしょう。
日本には幾つかの刃物産地がありますが、その中でいちはやく「伝統的工芸品」の指定を受けたのは越前の品でした。歴代の職人達が全身全霊を傾けて研鑽を積んできた結果です、と越前打刃物産地の面々は胸を張ります。
灼熱の工房で最高の刃物を作り出す鍛冶職人たち
そんな越前・武生ではどのように刃物が作られているのでしょうか。それを知るために工房を訪ねると、そこは灼熱の世界。
地鉄をコークスの炉で熱する。最適な温度の見定めは職人の目と勘による。“夕焼けの色になったら850℃”ともいわれるが、その見極めは至難の業。ごうごうと炉内の火が唸り、ガンガンと響くベルトハンマーの音、ぶいぶいんと最大風速で回る扇風機。そんななかでは聞こえるはずもない職人の呼吸が、その場を支配しているようです。
鋼(はがね)を鍛えるとき、磨くとき、星が生まれるように飛び散る火花。職人たちが渾身の力をもって生み出されるものは、最高傑作に違いないと思わずにいられません。
越前独自の技のひとつ、「二枚広げ」。同じくらいのサイズに叩いておいた鋼を、2枚同時に熱して叩き広げることで、長く高温が持続し、余分な熱を加えなくても薄く伸ばすことができる。越前の刃物作りには、他の産地にはない独自の技がいくつもあります。その一つが上の写真で紹介している「二枚広げ」。
「とはいえ刃物製作の基本は同じです。まず良い素材、その素材にストレスをかけない最低限の熱処理、金属をしっかりと叩き鍛えて丈夫にし、使いやすくかつ刃こぼれしにくいよう細心の注意を払って研磨をすること」
すべては最高の刃物のために必要なことであり、どれが欠けてもいけないと語るのは高村刃物製作所の高村光一さん。
高温に熱した地鉄の上に鋼を密着させる鋼着け。あえて狭い面に鋼をのせる「征置き法(まさおきほう)」も越前ならでは。鎌の製作技法のひとつ「舞小槌」。まっすぐの棒だった地鉄が、舞うがごとくの小槌の技によって、みるみるうちにカーブを描いてゆく。ステンレスの加熱は鋼よりも更に温度設定が細かい。ソルトバス(塩浴炉)で10分間、1050℃を保って引き上げたところ。鎌の磨き工程。黒かった鎌の刃が、次第に美しい銀色を現しはじめる。「理屈どおりにやれば素晴らしい刃物ができます。でもそれが難しい。温度の見極め、均一な薄さになるように叩きつつ、しかし背の根元だけをすこし厚くすること、見えない部分を微かな感覚を頼りに研磨すること。どれも一朝一夕にできることではありません」
どこまでも完璧な、至高の一本を求めて、職人たちは今日も鋼を鍛え、磨き続けます。
記事に関するお問い合わせ
福井県交流文化部ブランド課 電話 0776-20-0762
撮影/西山 航 この記事は、『家庭画報国際版 KATEIGAHO INTERNATIONAL Japan EDITION 2018秋冬号』vol.42に掲載された特集「越前打刃物―刃物の里をたずねて」(原題“The Forged Knives of Echizen”)を再構成したものです。