ツバキを愛で、ツバキの文化に触れる
巨勢山(こせやま)の椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を
これは万葉集に登場するツバキを詠んだ句ですが、私はこの短歌の「つらつら」の楽しいリズム感が気に入っていて、ツバキを見るたびにこの句を心の中で詠んでいます。
701年9月、持統上皇が紀伊半島の白浜に行幸した際に坂門人足(さかとのひとたり)が詠んだ一首で、「巨勢山(こせやま)に連なり咲くツバキを見て、すばらしい春の景色を思い起こそうではありませんか」という意味。つまりそこに咲いていたのは早秋咲きの品種だったことが推測できます。
古くから親しまれたツバキは、江戸時代、徳川2代将軍の秀忠により大きく発展をします。秀忠はツバキをこよなく愛し、江戸城内にツバキの樹園を作り、百椿図を描かせたといわれています。諸大名がツバキを持ち帰り広めたことから、日本各地に特徴のあるツバキが見られるようになりました。京都の上方ツバキ、熊本の肥後ツバキ、名古屋の尾張ツバキなど地域性のある品種群があるのもそのためです。
また、江戸ツバキは鎖国時代に長崎の出島から海外にも運び出されています。その華やかな花様はヨーロッパでも絶賛。イギリスの著名な造園家、ジョン・クラウディス・ラウドンは、「花の少ない冬季に、まるでバラのような存在感のある花を咲かせる」とツバキを褒めちぎり、造園デザインにも積極的に利用したそうです。花が美しいだけでなく、日なたでも日陰でも元気に育つ丈夫な性質もツバキの優れた特徴で、イギリスをはじめ欧米にも広く普及しました。
春にイギリスを訪ねると、街中でもよく見かけるツバキは、その風景に違和感なく溶け込んでいるのですが、それでもどこかに和の風情が残っていて郷愁を誘います。
上方ツバキを代表する品種のひとつ‘五色八重散椿’は、現在でも京都各所で栽培されている。白地に桃色の縦斑が入る姿がおしゃれ。成長すると、縦斑が入らない桃色花もあり、咲き分けが素晴らしい。花期は3月〜5月。八重咲き中輪の‘春の台(うてな)’は、白から淡いピンク地に紅の縦斑が入る優雅な品種。台(うてな)とは極楽に往生した者が座るハスの形をした台(だい)のこと。花期は3月〜5月。 大輪八重レンゲ咲きの‘不如帰(ほととぎす)’。エレガントなピンクがため息が出るほど美しい。花期は3月〜5月。 Information
神代植物公園
東京都調布市深大寺元町5-31-10
高梨さゆみ/Sayumi Takanashi
ガーデニングエディター
イギリス訪問時にガーデニングの魅力に触れて以来、雑誌や本などで家庭の小さな庭やベランダでも楽しめるガーデニングのノウハウを紹介。日本、イギリスの庭を訪ね歩くほか、植物の生産現場でも取材を重ねる。現在は、種苗会社の会員向け月刊誌のほか、園芸雑誌などの編集に携わる。