エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年3月号に掲載された第8回、クオンタムリープの出井伸之さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.8 和菓子の魅力を世界に
文・出井伸之
甘党のわたしは、和菓子も洋菓子も大好きで、毎日何かしらのお菓子を食べている。だが、実はお菓子を食べる習慣はフランスに行くまではなかった。
昭和40年代にフランスに赴任していたとき、フランス人に「デザートを食べない人間は人間ではない」といわれたことがある。コース料理の最後は必ずデザートで締めくくるのがフレンチのしきたりということをそのときに教わった。ここからわたしとお菓子の付き合いがはじまるのである。
数あるフランス菓子の中で特に好きなのが、リンゴをふんだんに使ったタルト・タタンだ。フランスのブルターニュ地方にある小さな港町で、温めたタルト・タタンの上に冷たいバニラアイスクリームをのせて食べたのがこの上なく美味しく、これは未だに鮮明に記憶に残っている。
日本に帰って、今度は日本の季節に合わせた様々な和菓子を食べる楽しみが新たに加わることになった。和洋を問わず果物や木の実を生かしたお菓子が好物である。とりわけ栗と桃に目がない。栗といえば和菓子では栗羊羹、栗最中、栗かのこ、栗どらやき、洋菓子ではモンブランなど、一年を通して手に入れられるものもあるが、秋に期間限定で栗づくしの和菓子が多く出回るのをいつも心待ちにしている。一方、桃といえば、白桃がずっしりとゼリーの真ん中に納まった源 吉兆庵の「桃泉果」は、夏の楽しみのひとつになっている。
日本の魅力のひとつは文化・風土だと海外の友人たちはいっている。和食文化はユネスコの無形文化遺産に登録され、日本の食に世界が注目している。高級フレンチのレストランで和食の要素を取り入れているかと思うと、反対に老舗の割烹ではフレンチの要素を取り入れていることもある。今や和食はグローバルに展開している。
和菓子は、日本の四季や文化と密接に結びついている。日本文化の象徴である和菓子も和食と同じようにこれからますます世界的に広がっていくのではないだろうか。フレンチのレストランのデザートに和菓子が出てくるようになるかもしれない。和菓子を通して日本の文化とその魅力を伝える、和菓子のグローバル展開が楽しみである。
出井伸之1937年生まれ。早稲田大学卒業後、ソニー入社。欧州での事業に従事する。さまざまな事業本部の責任者を歴任後、1995年に代表取締役社長に就任。2000年から2005年まで会長兼グループCEOとしてソニー経営のトップを担う。退任後、2006年にはクオンタムリープを設立し、大企業変革支援やベンチャー企業の育成支援活動を行う。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。
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