• TOP
  • 動物・ペット
  • 【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】病院の不思議・飼い主編

動物・ペット

【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】病院の不思議・飼い主編

2022.02.18

  • facebook
  • line
  • twitter
さて、不愉快な飼い主たちの異常さの根底には“安くあげたい”というケチ根性が見え隠れしていることが多いのだが、“本当にお金がない”と“動物なんかに金を使いたくない”は別物であり、後者の飼い主にのみ発生する不思議な現象がある。

「先生、うちの猫が便秘なので近所の病院で浣腸してもらったのですが、今死にかけています」

「これは便秘ではなく尿道閉塞ですね。オチンチンが膀胱内でできた砂で詰まっているんですよ……」


エサを出しっぱなしで与えていると、尿の水素イオン濃度がアルカリに傾き、尿に結晶が析出する。さらに身体ができ上がる前に早期去勢していた場合、発育不良の陰茎の小ささも影響して罹患率は高くなる。尿が出せない状態で一日放置すれば急性腎不全で死んでしまうので、愛猫の排尿の確認は欠かしてはならない。

「奥さんの猫は重症でカテーテルも入らないし、超音波も無意味でした」

「ではどうしたら?」

「手術でオチンチンを除去して女の子みたいな排尿ルートをつくります」

これは肛門の下に縦に切開を入れ、骨盤内にある坐骨尿道筋や坐骨海綿体筋を、陰部神経を傷つけないように骨盤から切り離し、陰茎の奥にある尿道を前立腺が見えるくらい体内から引き出して、女性的な形態に整形するというダイナミックかつ繊細な技術を要する手術である。失敗すれば汚い外観、尿が出にくい針穴のように小さな排尿孔、神経麻痺による垂れ流しなどで猫は苦しんで、死に至る。

イラスト/コバヤシヨシノリ

「はい、できました。手術は完璧ですよ。しかも外観も美しいです」

「先生、ありがとうございました!まあ、キレイ、大手術をしていただいて感謝です。代金は入院費も含めて全額現金でスパッと払いますね!」

まあ別にカードでもいいのだが、これが普通の飼い主であり、もちろんこの後は順調に回復し何も問題は起こらない。一方で全く同じ状況で手術を受けていながら不幸な結末になる場合があるのだ。驚くほどネガティブで、不条理な難癖をつけ、常に金を出し惜しみする飼い主が中にはいる。

「先生に死ぬって脅かされて、手術をやられて、大金を請求された。ローンを通さずに信用貸しの分割払いで支払いたい」

「えっ? 『詳しい説明をしてもらって、難しい手術をしてもらって、しかもキレイに仕上げてもらって、命を助けてもらって、それなのに安かった、ありがとう』じゃないんですか?」

そもそも信用貸しの分割払いを提案してくる飼い主は、過去35年間の中で1000中、999人がトンズラしている。そしてこういうモンクタレの場合は必ず何かが起こる不思議……。

「先生、退院して家に帰って1週間後にいつものように外に出してやったんだけど、野良猫と咬みつき合いの大喧嘩をして手術した部分を食いちぎられて帰ってきた! どうしてくれる?」

「どうしてくれるって……それって私のせいですかね」

再手術、そして入院、ブチブチとケチな愚痴を聞きながら、それでも動物に罪はないと思い、誠心誠意尽くす私。こちらとしては二度と会いたくない飼い主なのに、こういう人に限って想像もつかないような事件が起こり、なかなかスッキリとしない不思議。これに関してはどういう原理が働いているのかいまだにわかっていない。

「先生、うちのフェレットどんな感じでしょう」

「腸閉塞ですね。腸が壊死(えし)する前に摘出しましょう」

「触診だけでこんなにすぐにわかっちゃうんですか?」

「はい、レントゲンもエコーもMRIも要りません。過去6000件のうち誤診はゼロです」

「すごい」

「正確にいうと、そのうち数件は異物ではなく腫瘍によるものでしたが」

不必要な検査による動物の苦痛を回避し、後手後手にならないスピードを確保し、飼い主の経済負担を抑えるのが私流。ここからはいつもの台詞が1分続く。

「以前は2時間かかっていたオペですが、今は慣れたため1時間で終わります。血管はよけますので血は3滴しか出しません。神経も同様で術後の痛みもありません。だから包帯も絆創膏もエリザベスカラーも要りません。縫い目はYKKのファスナーのように正確で綺麗です。ガラス張りのオペ室ですから麻酔から終了まで全てを見ていただいてもかまいません。見たくない場合は、館内で自由にしているか、隣のロイスダールでケーキでも食べていてください」

ガラス張りの無血開城オペは飼い主さんに大好評だ。縫合糸が空中を切るスピードはしばしば音速を超えて小さなソニックブームが発生するほどで、迷いも無駄もない素早く正確なその動きは“見せる”から“魅せる”に変わり、もう一生無関係でいたいと思えるほどに無礼で嫌な飼い主だったとしても、無意識のうちに腕組みを解除し、斜に構えただらしない姿勢を正すことがある。真摯な救命にはひねくれた人間の心を洗浄する効果もあるらしい。
  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 11 / 22

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

Pick up

注目記事
12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 11 / 22

他の星座を見る