汲み上げゆばとゆり根のあんかけ
今日は柔らかな汲み上げゆばにあんをかけ、生ゆばの真のおいしさを堪能します。「
ゆばとカリフラワーの煮もの」では生ゆばのおいしい炊き方をお教えしましたが、汲み上げゆばは炊いたら台無しです。ほろ温(ぬく)いくらいに温め、あつあつのあんをかけます。熱を加え過ぎても、冷やし過ぎても独特の柔らかさが失われます。
ゆばの名の由来には、表面のシワが老婆のシワに例えられ「姥(うば)」と呼んでいたものが「ゆば」に変化したとする説。豆乳の上面に張る膜をすくい取ることから「上(うは)」と呼ばれ、それが変化して「うば」、そして「ゆば」になったという説などがあります。
平安時代に最澄(さいちょう。天台宗開祖)が、中国から比叡山に仏教と共にゆばを伝えたといわれています。畑の肉と呼ばれる大豆を原料とするため、たんぱく質が豊富で栄養価が高く、乾燥させれば保存ができ軽量なので、精進料理の材料として愛用されます。
「ゆば」の漢字には「湯葉」と「湯波」があり、京都では「湯葉」と書くのに対して、同じくゆばの特産地である日光では「湯波」と書きます。日光も京都同様、山岳信仰が盛んな時代があったことに由来し、江戸時代に徳川家康が日光に祀られるようになった後、参拝する人々に出した食事にゆばが用いられ定着したようです。
両者は漢字だけでなく、「ゆば」自体にも違いがあります。豆乳を熱して表面にできた膜を引き上げる際、膜の端に串を入れて一重で引き上げたものが「湯葉」で、仕上がりが平たいのが特徴です。一方、「湯波」は膜の中央に串を入れて2つ折りにするように引き上げます。「
ゆばとカリフラワーの煮もの」で使った巻き生ゆばは、それを幾重にも巻いたものです。
今回は汲み上げゆばを使います。京都でも日光でも、生ゆばは最初に作ったものと後のものとでは質が異なり、呼び名も変わります。一番最初にできるものは薄くてシート状にはならず、これをつまんだものがとろけるように柔らかく栄養と旨みが多い「汲み上げゆば」(つまみゆば)です。以後は薄いシート状の「引き上げゆば」がとれ、引き上げるにつれてだんだん厚く色も濃くなり、最後は赤く鍋にへばりつくようなどろりとした「甘ゆば」になります。
映画『千と千尋の神隠し』(原作・脚本・監督/宮崎 駿)を初めて観たとき職業病なのか、登場する湯婆婆(ゆばあば)の名がゆばに聞こえて仕方がありませんでした。子供にお父さんは釜爺(かまじい)だとからかわれましたが、ハゲ頭で6本の自在に伸びる腕を駆使して風呂釜の火を管理し、薬湯の薬草を調合する姿にまんざら悪い気がしなかったのを記憶しています。今日は釜爺がゆばの温度管理と味の調合をお教えします(笑)。野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「汲み上げゆばとゆり根のあんかけ」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・汲み上げゆばは冷蔵庫から出して30分以上おいて常温にする。豆乳につかった状態の汲み上げゆばはそのまま、豆乳につかっていないものは豆乳を少量まぶして耐熱皿に入れ、電子レンジでほんのり45℃くらいに温める。加熱しすぎると堅くなるので注意。
「汲み上げゆばとゆり根のあんかけ」
【材料(2人分)】・汲み上げゆば 60~70g
・ゆり根 16g
・生きくらげ(乾物をもどして使ってもよい) 適量
・べっこうあん
出汁100cc、みりん小さじ1/2、薄口醤油小さじ1/2、濃口醤油小さじ1/2、水溶き葛(葛粉1:水2の割合)15cc
・本わさび(市販品のチューブ入りわさびでもよい) 少々
【作り方】1.汲み上げゆばは冷蔵庫から出して30分以上おいて常温にする。生きくらげはさっと茹でてせん切りにする。
2.汲み上げゆばが豆乳につかっていない場合は豆乳(材料外)を少量まぶす。ゆばをきくらげと混ぜて耐熱皿に入れ電子レンジ(500W)でほんのり45℃くらいに温める。
3.ゆり根は大きくて厚い鱗片は1.5cm角に、真ん中近くの小さな鱗片はそのままで3~4分蒸す。ゆり根の下処理は「
ゆり根のかき揚げ、揚げ出し」参照。
4.べっこうあんを作る。鍋に出汁を入れ、火にかけて調味料を加え、沸いたら弱火にする。水溶き葛を加えてよく混ぜ、粉臭さがなくなるまで30秒ほど炊く。
5.器に温まったゆばと蒸したてのゆり根を盛り、あつあつのべっこうあんをかけ、わさびをのせてすぐに供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。