写真/榎本麻美〈文藝春秋〉吉田修一(よしだ・しゅういち)長崎県出身。1997年『最後の息子』で文學界新人賞、2002年『パーク・ライフ』で芥川賞、2019年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞など、受賞多数。作品は英語、中国語、仏語、韓国語などに翻訳されている。2016年より芥川賞選考委員。昭和の大女優と男子大学院生が交わす、優しさのバトンリレー
和楽京子の名でデビューし、戦後間もなくカンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得、ハリウッドでも活躍した昭和の大女優、石田 鈴。大学院生の岡田一心は、すでに引退した彼女がもつマンションの一室にぎっしりと置かれた資料の整理役としてアルバイトに訪れる。
段ボール箱から取り出される資料と、鈴や長年鈴のアシスタントを務める昌子との会話によって、アメリカで“ミス・サンシャイン”と呼ばれた鈴の過去が徐々に明かされていく。
本書の帯に、“鈴さんの哀しみが深く伝わって来ました”と推薦文を寄せたのは、吉永小百合さんだ。鈴のモデルは、彼女なのだろうか?
「昭和の大女優を描くため、李香蘭さん、京 マチ子さん、八千草 薫さん、若尾文子さんなど、当時のさまざまな女優さんの映像を見たり資料を読んだりしてしぐさや言葉遣いを参考にし、尊敬できる人物像を固めていきました。原稿を書き進めるうちに、それぞれの女優さんが放つ大きな光が最後に一つの束になって、その先に吉永小百合さんが立っているというビジョンが見えたのです。
そこで、無理かもしれないけれど、と出版社から吉永さんに原稿を送ってもらったところ、読んでくださり、帯に推薦文までいただけた。本当に嬉しかったですね。長崎出身の鈴さんは原爆も体験し、その回想シーンもあります。吉永さんは長年にわたり原爆の詩の朗読活動をされているので、共感してくださる点があったのかなと思います」と吉田修一さん。
そんな80代の鈴と20代の一心は次第に交流を深めていく。
「書きながら、僕も鈴さんのことを本気で好きになっていきました。人間同士において年齢はハードルにならないことに気づきましたね。不自然なところは何もありません。年齢や性別とは関係のないところで繫がった二人の物語です」
物語の最後、一心が仕事の場で鈴を思い出しながら、ささやかながら良心的な行動をとる。ほんの小さな一歩だが、こうした優しさが人と人の間でバトンを渡すように連鎖すれば、その先には優しい世界が広がるのではないかと希望を抱かせてくれる。
「この作品はパンデミックの自粛期間中に書き始めたのですが、冒頭、一心が鈴さんの家に行く場面を書きながら、“人に会うこと”を書くのが小説なのではないか、生活とは、ひいては人生とは、“人に会うこと”なのではないかという、会えない時期だからこその新たな発見がありました」
執筆を終えて、これまでになかった“作品全体を抱きしめたい”と思うほどの愛おしさを感じたという吉田さん。もちろん、読者も同様だろう。
写真/杉本博司 装丁/関口聖司『ミス・サンシャイン』吉田修一 著/文藝春秋すでに引退した長崎出身の大女優・石田 鈴のもとにアルバイトで訪れた大学院生の岡田一心。祖母と孫ほど年の離れた二人の交流が深まるにつれ、鈴の過去の光と影が明らかになっていく。人間同士が互いに佳きものを引き出し合う、優しさの物語。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穂子 撮影/本誌・中島里小梨(本)
『家庭画報』2022年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。