国語学者・金田一秀穂さんに聞く、毎日を心豊かに生きるヒント。大病経験から悟ったこと

第11回　金田一 秀穂 （国語学者）

阿佐谷パールセンターには太平洋戦争前から続く、個人営業のお店があります。その中の一軒でご贔屓にしている鰻・焼き鳥の「稲毛屋」さんのご主人と。

金田一秀穂（きんだいち・ひでほ）

1953年東京都杉並区生まれ。言語学者。杏林大学外国語学部教授（３月退職予定）。祖父・京助、父・春彦と３代続く国語学者。上智大学文学部心理学科卒業。ものの見方の自由を知るために海外生活を志し、東京外国語大学大学院で日本語学を専攻。諸外国で指導する。

「大病を患った小学生時代の5年間。努力と成功が正比例するなんて噓だと、10歳にして諦観しました。諦めることが僕の信条です」

僕は小さい頃から老成しているといわれていました。“諦める、努力しない”。それが僕の信条です。

ネフローゼという病気をして小学1年から3年まで入院し、その後も2年ほど療養が続きました。同じ病気の入院患者さんたちが何人も死んでいく。でも、それは努力をしないから亡くなるわけではないんです。

努力しても治らないし、頑張っても本人の力ではよくならない。入院期間中、僕もよくなったり悪くなったりを繰り返しました。あと数か月で退院できるかもしれないところで、またストンと悪くなる。

「努力は何の役にも立たない。無駄だ」。10歳でそう諦観していました。だから、諦めることがちっとも嫌ではないのです。僕が退院できたのはちょうど薬が発明されたから。ただ運がよかっただけなんです。



日常生活の延長として、金田一さんが愛する阿佐谷パールセンターは、JR阿佐ヶ谷駅南口から青梅街道にかけて広がる商店街。「祖父の京助、父の春彦も杉並区民だったので、おつきあいが2〜3代にわたって続くお店が阿佐ヶ谷、西荻窪エリアに残っているんです。僕の子どもたちも可愛がっていただき、嬉しいですよね」。

運動会で元気に駆け出したわが子の姿に涙した日

今、僕が自由を感じられるのは家にいて風呂に入ったり、寝床にうずもれたり、歩きながらいろいろなものを見たりして考えごとをしているとき。普通の暮らし、普段の暮らしが幸せなんです。やっぱり自分が病気をしていたことがすごく大きいんですね。



お嬢さんのゆいさんが切り盛りする和菓子屋「わび」（地下鉄新高円寺駅）前にて。父娘で同じ笑顔。

子どもが勉強しなければいけないとか、ちっとも思いません。ただ元気で、運動会に出てかけっこができて、プールでバシャバシャできて、友達と追いかけっこして、自転車で転んで擦りむいたりして……ああ、幸せだなあ。わが子が小学校の運動会で駆け出した姿を見て、涙が出ましたから。子どもの、家族の健康がなによりです。



ゆいさんお手製のみたらし団子。

この2年、今まで普通にできていたことがコロナ禍でできなくなってしまいました。もはや、普通に暮らすことそのものがわからなくなっているのかもしれません。コロナ禍以前は、前に進むことが大切とされていました。

でも、前に進めないのなら横に進むのはどうだろう。アラビア数字で足りなくなったら、今度は漢数字を使おうというように発想の多様さと考える時間が、コロナ禍によって与えられた一面でもあるように感じています。



金田一さん直筆の言葉の心は“自由自在”。お子さんたちが国語学者の道を選ばず寂しくないかお尋ねすると、「全然！　やりたいことが見つかってよかったね」。

ただ、このコロナ禍で言葉が変に強くなってしまったのも事実。私たちのコミュニケーションでは本来、お互いの気配が重要な役割を果たしていたのに、リモートでは言葉だけになってしまう。効率的かもしれませんが、ある意味危険だし、面白くない。

でも、リモートだからこそできることもきっとたくさんあるはず。それはこれから新しい人たちが作っていくのでしょう。