青菜の煮こごり
今日は夏(「
夏野菜の煮こごり」)、秋(「
秋野菜の煮こごり」)、冬(「
干し柿なますの煮こごり」)に続き、青菜の煮こごりを紹介します。煮こごりとは元々は魚の煮つけの煮汁やすっぽんのスープなどが冷え固まってゼリー状になったものなどをさし、そこから派生して食材を寒天やゼラチンなどで固めた料理のこともそう呼びます。「煮凍り」あるいは「煮凝り」とも書き、まだ寒い今なら氷を連想させる「煮凍り」という字がぴったりなのかもしれません。
今回の煮こごりは、煮凍っていないじゃないかと言われそうですね(笑)。ただでさえ寒いのにさらに追い打ちをかけるかのごとく、氷のように固めた料理もどうかと思い、ジュレ状に煮こごらせたポン酢で、刻んだ青菜を食べていただこうという趣向です。
ポン酢ジュレはポン酢と違って穏やかな味で、おひたしなどにからませてもしみ込まないので素材の味を損ないません。覚えておくと重宝します。そして青菜の下に敷いているのはごま酢クリームです。
青菜をこまごまに刻んでごまと合わせる……以前どこかで見たような? ご明察です。月心寺(滋賀県大津大谷)の庵主様、村瀬明道尼(むらせみょうどうに)の料理「
青菜こまごまのごま和え」のアレンジです。
庵主様の料理は“君がため”の真心の料理でしたが、この料理は自己主張の強い野心的料理かもしれません(笑)。古備前のすり鉢に盛った「青菜こまごまのごま和え」とは対照的に、あえて額縁に入った現代アートのように盛りつけてみました。
かつて絵画には今で言う写真としての役割があり、個性を出すのは許されず、どれだけリアルに描くかということが重要でした。その後、カメラが発明されると、絵画にはリアルを記録するという役割はなくなり、カメラでは写し出すことのできないものが表現されるようになり、いくつかの様式が生まれました。
そしてアートの世界に新たな革新が起きます。現代アートの登場です。以前は鑑賞者が作品の美しさを受動的に感じたのに対し、現代アートでは受動的なままでは何が美しいのかまったくわからず、作品を起点に鑑賞者自身が思考を巡らし感想を持つことでアートが完成するというのです。
この流れはアートの世界だけでなく先鋭的な料理人の料理にも現れています。伝統的なスタイルの枠を逸脱したアート的な盛りつけがあるかと思えば、料理自体が食べものの域を越えているようなものもあります。昆虫を食べさせたり空気や香りを食べさせたり、化学を駆使した実験的な料理だったり……。
いろんな人がいていろんな料理があっていいと思います。ただ、こと料理に関しては、自分の作品を食べさせてやるという考えだけは違う気がします。見せ方やスタイルは変えても庵主様が教えてくれた料理の真骨頂、“君がため”に作り、食べていただくという精神はこれからも大事にしていきたいと思います。“野心”料理ではなく、“野菜”料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「青菜の煮こごり」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・ポン酢や土佐酢をジュレにすることで素材の味を損なわず、そのままかけるよりも穏やかな味を楽しむことができる。
・ポン酢には酸が含まれるためゼラチンを使って固める。寒天で固めるには高度な技術が必要。
・板ゼラチンはたっぷりの水に30分~1時間つけて十分に吸水させた後に使用する。
・ゼラチンは60℃を超すと熱変性が起きて固まりにくくなるので、温度に注意する。
・ごま酢クリームに柚子の香りが加わることで、季節感あふれる風味豊かなおいしさとなる。
「青菜の煮こごり」
【材料(作りやすい分量)】青菜
・水菜 適量
・ふき 適量
・畑菜 適量
・三つ葉 適量
・壬生菜 適量
・にんじん葉 適量
・うぐいす菜(かぶの一種) 適量
※青菜は好みで小松菜、ほうれん草、春菊、白菜などに替えてもよい。
・美味出汁 適量
出汁4:濃口醤油1:日本酒1:みりん0.8の割合
・ごま酢クリーム 適量
作りやすい分量:白ごまペースト(市販品)50g、酢大さじ3、砂糖大さじ3弱
・ポン酢ジュレ 適量
作りやすい分量:ポン酢(市販品)125cc、出汁125cc、板ゼラチン7g
・金柑ビネガー煮 適量 「
金柑ビネガー煮」参照
・くこの実 少々
・柚子 適量
【作り方】1.ふきは塩もみして3~4分茹で、冷水に放し水をきる。上下から筋を取り適宜細かく刻む。筋の取り方は「
干し柿なますの煮こごり」を参照。青菜類は茹でて水に放し、水気を絞って適宜細かく刻む。「
青菜こまごまのごま和え」の「ひと目でわかるプロセス&テクニック」参照。
2.うぐいす菜は茹でて水に放し、水気を除く。
3.ポン酢ジュレを作る。板ゼラチンはたっぷりの水に30分~1時間つけ、中まで十分に吸水させる。鍋に分量の出汁を入れて火にかけ、温度が60℃より少し低いくらいになったら、火からおろして水でもどした板ゼラチンを加えて溶かす。ポン酢を加えて混ぜ、冷めたらボウルに移し冷蔵庫に入れて固める。
4.くこの実は美味出汁を少量ふりかけて柔らかくもどす。柚子は皮の黄色い部分のみをなるべく細いせん切りにする。
5.1の青菜類とうぐいす菜をボウルに入れる。水っぽさをなくすため美味出汁をふり入れ、ほぐして洗う。ざるに上げて美味出汁を軽く絞る。
6.ごま酢クリームを少量の出汁(分量外)でのばして器に敷く。青菜類とうぐいす菜を盛る。固まったポン酢ジュレを泡立て器で混ぜ、ドロッとした状態にして何か所かに分けて添える。仕上げに金柑ビネガー煮、くこの実、柚子を散らす。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。