意識的にいう必要はないものの、「意外とできるじゃない」とご家族がほめると患者さんも認知症の検査に対して前向きになれるように思います。──洋さん
私の診療経験においてもこの検査を拒否される人は少なくありません。そのため、「検査を行う際には『この9つの設問は、私たち医師にとって役立つものですから、簡単な質問で嫌な気持ちにさせるかもしれませんが、ご勘弁いただいて答えてもらっていいですか』と患者さんに断り、丁寧に検査を始めなさい」ということも父からよくいわれていました。
患者さんのご家族が長谷川式認知症スケールの検査に立ち会われる際、設問の受け答えに関してネガティブな反応をされるとご本人が落ち込んだり動揺されたりすることがあります。意識的にいう必要はないものの、ご家族が「意外とできるじゃない」とほめると患者さんも認知症の検査に対して前向きになれるように思います。
原因疾患を治療することで治せる認知症もある
認知症の原因疾患は、およそ70あるといわれています。頻度が高いのはアルツハイマー病や脳血管障害などの脳内疾患ですが、全身性疾患によって認知症が起こることもあります。こうした原因を突き止めるために再び問診で各疾患の特徴的な症状や経過を聞き取っていきます。同時に顔の表情、姿勢、発語、歩行、起居といった動作なども観察しながら診察をすすめていきます。
認知症の中には原因となる病気を治療することによって治る可能性があるものもあります。その原因疾患としては頭部外傷後遺症や慢性硬膜下血腫がよく知られています。そのほか正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミンB
12欠乏症、アルコール依存症、脳腫瘍なども挙げられます。
こうした原因疾患の有無を確かめるうえでも画像診断は欠かせず、頭部CT、MRI、SPECTといった検査が行われます。当院のような小さなクリニックでも年に数人単位で脳腫瘍などが見つかっているので、認知症を疑う症状がある場合は一度受けておいたほうが安心でしょう。
長谷川式認知症スケールの開発者として世界的に知られる和夫さん。洋さんとともに親子で学会に参加することもあった。写真提供/長谷川 洋さん認知症と診断されるのは、ご本人にとって大変ショックなことです。「どうして私がアルツハイマー病になったのでしょう。ほかの人じゃなくて」と患者さんに尋ねられ、父はその人の手の上に自分の手を重ね、握り続けることしかできなかったと後年述懐していました。その父は認知症になったとき「なってしまったものは仕方がない」と思ったようです。
そして、恥ずかしいことではないので人さまにも伝えて認知症だとわかってもらったほうがよいと判断しました。そのほうが自分自身も認知症ときちんと向き合うことができ、なおかつ認知症になっても周りのサポートによって自分らしい生活を送ることができると考えたからでした。
撮影/八田政玄 取材・文/渡辺千鶴
『家庭画報』2022年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。