植物、動物、鉱物。染色は自然界に生きるみんなの共同作業
志村 椿は母方の祖母が好きで庭にたくさん植えていたので、子どもの頃からなじみがありました。祖母はよく、一枝折って白磁の壺などに入れ、床の間に飾ると、「見てごらん、仏さんが宿らはったよ」といっていました。不思議なことに椿は、いい枝ぶりのものを選んでふさわしい花器に生けると、ぐっと格が上がる。だから、祖母のいうことがわかる気がしました。
吉永 椿には独特の凜とした佇まいがありますね。今回、私は椿で染められるのかもわからないまま、先生にご相談してしまいましたが、椿は普通、染色には使わないそうですね。
志村 椿は染織家にとっては媒染、つまり染料を繊維に定着させるのに使う大切な植物なんです。アルミニウムを含む椿の灰汁(あく)は黄色や紫を生み、色を定着させるものとして、平安時代から重宝されてきました。私はもったいなくて染色に使ったことはなく、吉永さんからお話をいただいたときは、どうしたらいいかなと思いました。でも、あっという間に五島列島からたくさんの椿が送られてきて。
吉永 ほとんど無理やりお願いしてしまいましたね(苦笑)。
志村 はい(笑)。でも、届いた箱を開けて椿を見たら、なんだか嬉しくなって。そして、初めて椿で染め、椿の灰汁で媒染して、こんなきれいなピンク色に染まるとはと感激しました。
「染織家にとって椿は本来染料を繊維に定着させるための植物。椿で染めるのは初の試みでした」(志村さん)
五島列島に自生する椿で染めた絹糸。染色も媒染も椿で行うことで誕生したピンク色は、心が癒やされる優しい色合い。染める時間や媒染する時間などをほんの少し変えるだけで色味も変わるため、繊細なグラデーションが生まれる。同じ椿を用いても、例えば媒染にみょうばんを使えば黄色に、鉄を使えばグレーに染まるという。撮影/栗本 光吉永 私はできあがったきものを着させていただいて、美しさとともに、優しさや温かさを感じています。椿も喜んでいるのではないでしょうか。
志村 このきものは、経糸はすべて五島の椿で染めた生糸で、緯糸の一部に使っているグレーの糸は椿を鉄媒染で染めた紬糸。帯はリバーシブルで裏に五島の椿で染めた糸を使っていて、ピンクが椿灰汁、ベージュが石灰、グレーが鉄と3つの媒染で色を変えています。
植物の椿、動物の蚕からいただいた糸、媒染に用いる鉱物、そして私たち人間。染色は自然界に生きるみんなの共同作業です。