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【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】野村先生が愛するドーベルマンたち

2022.03.17

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そんなドーベルマンを念願かなって最初に迎えたのは20代前半の頃だった。大学院の進級試験を通過し、社会人になるまであと2年という時に「育てる時間的余裕は今しかない」と意を決したのだった。

ミカン箱に入れられて届いた小さな雌の仔犬に私はリーラと名付けた。私を育ててくれた第2のお母さんは雑種犬のリリーだったため、彼女に敬意を表して女の子の名前は花の名にすることに決めていた。

今思えばリーラは全てにおいてバランスが良い犬だった。まるで犬の神様のような存在が、ドーベルマン初心者の私にゆっくりと教えるために引き合わせてくれたような……とにかく利口で優しい犬だった。当時の私は若さゆえ人生経験が浅く、すなわち無知なくせに根拠不明の自信だけがあり、たぶん今に比べれば思いやりもなかった。


そんな馬鹿な私だったが、それでもその時の最高の努力でリーラを一生懸命に育てたつもりだった。何処に行くにも一緒で大学にも同伴し、クルマの助手席にはいつもリーラが座っていた。

警察犬協会の公認訓練所にも入れて、訓練試験にも合格させた。コンクールに出す場合、上位入賞するためにはこの学歴は必須だった。また将来子供を産んだ時に、仔犬たちが不幸にならないためでもあった。血統書に訓練試験の合格記載がある母親が産んだ仔犬たちは格上とされたのだ。

ドーベルマンは絶対的忠実であること。それをこの犬種の美徳と信じこんでいた私は毎日訓練の復習をした。「トベ」で板壁を越えさせたり「サガセ」でターゲットのニオイを追わせたりした。それはまるで遠隔操作で動くロボットのようだったから、私は自分が優秀なのだと勘違いして得意になっていた。

ある日大学の構内で彼女を犬笛で呼んだ時、コの字形の建物に音が乱反射したらしく、リーラは逆方向に向かって走り行方不明になってしまった。目撃証言によると彼女は一日中大学構内で私を探していたらしい。自分を置いて私がいなくなるはずはないと信じていたのだ。それに対して私がリーラを探し回ったのは街中だった……。そんな私を見つけた時、痛めた足を引きずりながらリーラは大喜びしてくれた。

イラスト/コバヤシヨシノリ

時が過ぎた。大学を卒業した後、修業を経て開業し数年経った。リーラは老犬になっていた。ドーベルマンの寿命は10年前後と他の大型犬種よりもやや短い。とうとうやってきた別れの日、リーラはいつものように決められた言いつけを守ろうとした。そしてこの世から去る瞬間まで私の命令を待った。それがひどく悲しかった。私は命じた。

「リーラ、最後の命令だ! 死ぬな!」

もちろんそんなことは彼女がいくら忠実な犬でも無理だった。ここで私はやっと気が付いた。

不完全で欠点だらけの私が10年程度しか生きられない犬に完璧さを求め続けたこの愚かさ加減! ダメな自分のことを棚に上げて犬に多くを望んだ野村潤一郎、お前はどんだけエラいんだよ。ああだこうだと犬に言うことを聞かせて、お前自身はどうなんだ? これで良かったのか? 言ってみろこの大馬鹿者!

唯一の救いは“貧乏暇あり”の時代だったから一緒に過ごす時間が長かったことだろうか。今思い出すのは三沢海岸の一日。誰もいない秋の砂浜で自由に遊ばせた。ドッグフードを忘れてきた私は仕方なく売店でハンバーガーを2個買い、リーラと二人で食べたっけ。

「美味しいですね! 楽しいですね! おとうさま」

海を見ているリーラの嬉しそうな横顔を今でもはっきりと覚えている。リーラ、口うるさい教育パパですまなかった。いつか再び会った時はずっとずっといつまでも海で遊ぼう。
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