驚く私が変なのかもしれないが、サヨ子さんは旦那さんが亡くなって1年くらいですぐに恋人が出来たのだそうだ。相手は亡き旦那さんが通っていた歯科医院の森田先生だった。彼女より5歳ほど年下。ヒロミさんはある時、銀座でぴったりと寄り添うように歩いている妹と森田先生の姿を見た。普通の仲ではないとすぐに察した。
ヒロミさんの家にはご主人と男の子が2人いる。40歳を過ぎた息子たちは結婚しようとしない。同居したまま、それぞれ勝手に暮らしている。別に特に大きな問題はないようだ。
森田先生の存在を知ってから、ヒロミさんはあまり妹の家へ行かなくなった。サヨ子さんが問わず語りに明かしたところでは、森田先生には妻子がいる。彼の家では会えないから、どうしたってサヨ子さんの家に先生が通って来るとのこと。「あの年でラブホもねえ」とヒロミさんが笑った。
とにかく大人同士の恋愛なので、余計な口出しはするまいとヒロミさんは決めていた。妹は年上だし、略奪結婚しようなんて大胆なことは考えない女だと思っていた。ところが半年ほど前から二人の関係は暗礁に乗り上げたらしい。よくある例だが、彼の家族がサヨ子さんの存在に気付いたのだ。先生の妻はサヨ子さんが自分より10歳も年上なのにショックを受けた。
どんなゴタゴタがあったのか詳しいことはわからないのだが、彼の妻は突発性難聴になって、家事もままならない身になった。まだ嫁入り前の娘もいるし、サヨ子さんと手を切る以外にないと先生は腹を決めた。
そこで、サヨ子さんと先生の間がこじれた様子は想像がつく。こういう時は年齢など関係ない。嫉妬は嫉妬だし、怒りは怒りだ。サヨ子さんは攻撃的ではないが感情の起伏が激しい人だ。
一方、先生の奥さんは夫に告げたそうだ。きれいに別れてくれたら、それだけで良い。もうこの話はなかったことにしましょうと。つまり、すべて恕(ゆる)すということだ。
「うん、それはけっこう出来た奥さんじゃないかしら」と私が思わず感想をもらすと「でしょ、私もそう感じた。一度もサヨ子のところに怒鳴り込んだりもしないし、旦那を責め立てたりもしなかったんですって」
(後編に続く)
工藤美代子(くどう・みよこ)ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。
イラスト/大嶋さち子
『家庭画報』2022年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。