長谷川父子が語る認知症との向き合い方・寄り添い方 第4回 認知症の症状や経過について知らないと、その一般的なイメージから「一度なってしまったらおしまい」と受け止める人は少なくありません。しかし、認知症の症状は固定されておらず、周りの接し方によっても変わります。安心して認知症の人と向き合うために正しい知識を身につけましょう。
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長谷川 洋(はせがわ・ひろし)さん長谷川診療所院長。1970年東京都生まれ。聖マリアンナ医科大学東横病院精神科主任医長を経て、2006年に長谷川診療所を開院。地域に生きる精神科医として小児から高齢者まで、さまざまな精神疾患の治療とケアに従事。聖マリアンナ医科大学非常勤講師、川崎市精神科医会理事、神奈川県精神神経科診療所協会副会長などを務める。長谷川和夫さんの長男。写真提供/長谷川 洋さん長谷川 和夫(はせがわ・かずお)さん認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長。1929年愛知県生まれ。74年、認知症診断の指標となる「長谷川式認知症スケール」を開発。「パーソン・センタード・ケア」の普及に力を注ぎ、認知症ケアの第一人者としても知られる。「痴呆」から「認知症」への名称変更の際も尽力。2017年に自らの認知症を公表し、社会的反響を呼ぶ。21年11月13日逝去。享年92。アルツハイマー型認知症は年単位でゆっくり進行する
認知症と診断された後、本人も家族もいい知れない不安と悲しみに襲われるのは、この先の見通しがわからないことも影響しています。認知症はどんな経過をたどるのでしょうか。
最も発症頻度の高いアルツハイマー型認知症では、通常の物忘れから始まり、脳病変の広がりに伴い認知機能が低下し、軽度、中等度、高度と進行していきます(下図)。進み方はゆっくりで、その経過は平均8年といわれていますが、人によって10~20年と幅があります。
アルツハイマー型認知症の経過
「よくわかる高齢者の認知症とうつ病」(長谷川和夫・洋 著中央法規)を参考に作成父が開発に携わったドネペジル塩酸塩をはじめ、さまざまな抗認知症薬による薬物治療、患者さんに安心感を与えるようなケアなどによって認知症の進行を遅らせられることもわかってきています。そのため、認知症と診断された人には薬物治療や適切なケアを積極的に行い、軽度の時期に安定した状態をなるべく長く保つことが最初の目標となります。
アルツハイマー型認知症の症状は「中核症状」と「行動心理症状」に分けられます(下図)。中核症状とは脳神経細胞が死滅することで引き起こされる認知機能障害です。
認知症の中核症状と行動心理症状
「認知症の臨床評価について」(国立長寿医療研究センター 遠藤英俊)を参考に作成認知症になったらそれっきりではありません。認知症になって実感したのは認知症は固定された状態ではないということ。普通の状態との間を行ったり来たりするのです。──和夫さん
どの人にも中核症状は出現し、記憶障害をはじめ判断力の低下、言語障害(失語)、実行機能障害、見当識障害、失行・失認といった認知機能の低下がみられます。「実行機能障害」とは物事を行う際に計画を立て、手順を踏んで一連の作業を行えなくなることです。
身近な例では料理を作れなくなります。「見当識障害」では時間や場所、人物について認識できなくなるため、約束の時間が守れなくなったり、道に迷ったり、娘のことを「お母さん」と呼んだりするようなことが起こります。「失行」では日常的に行っていた動作ができなくなり、「失認」では自分の体の状態や物との位置関係などの認識が難しくなるため、ご飯を半分だけ残すといったことがみられます。
これらの症状は固定されたものではなく変動します。父は自分が認知症になってみて、それがよくわかったといっています。「一度なってしまったらおしまい」と考えないことです。