天下の名香「蘭奢待」を聞く 最終回(全3回) 室町幕府足利八代将軍義政公に仕えた志野宗信(しのそうしん)を流祖とし炷香(ちゅうこう)の作法や精神を20代にわたり今に受け継ぐ、志野流香道。今年5月、日本と世界の安寧を祈るため、東京・芝の増上寺にて献香式を執りおこないます。そこで炷(た)かれるのが、志野流に初代より“家木(かぼく)”として伝わる天下の名香“蘭奢待”。
前回の記事はこちら>> 二十世から二十一世へ。“香の道”を継承する
志野袋結物箱書に「志野流結物手鑑」と記される12か月の志野流の花結びと替わり結びの見本。紐の結びにまで遊び心を感じさせるが、志野袋には貴重な香木を収めるため、包みの結びは封印の役割も果たしている。うつろう季節とともに結びの形は梅・桜・藤・葵・菖蒲・蓮・朝顔・桔梗などと変化してゆく。二十世 幽光斎 宗玄(写真・右)1939〜 十九世幽求斎宗由の嫡男。戦後の厳しい環境下で研鑽を積み、大学卒業後に臨済宗正眼僧堂に入山。梶浦逸外老師より宗名を拝受、1987年に二十世家元を継承する。日本の香文化を国内外に広く伝え、インド、中国、フランスなどで献香の儀を挙行。香りを通し人々の心の安寧を祈り続けている。家元後嗣 一枝軒 宗苾(写真・左)1975〜 二十世幽光斎宗玄の嫡男。祖父宗由の薫陶を受けて幼少期を過ごす一方で、幼稚園から社会人までサッカークラブチームに所属。世界を放浪後、脳腫瘍の大病を患い生死の境を彷徨う。26歳で大徳寺松源院に入山。大徳寺五百三十世住持泉田玉堂老大師との一対一の生活を送り、家元継承者となる。
香道が始まって500年の節目を迎える今、家元の蜂谷宗玄氏に親から子へ伝統を継承し、次世代に伝えることについて尋ねました。
「私は太平洋戦争時には子どもでしたが、疎開をしたり、空襲で家を焼かれたりして、大変な時代を過ごしました。平和があたりまえの時代に育った宗苾とはずいぶん考えも性格も違いますね」と静かな面持ちで語り始めました。
「香道という芸術はすでに完成度が高い。現在ある組香や炷合香などの聞香形式を超える方法がなかなかない。私も現代に合う聞香の形式をずいぶん考えました。しかしいつしか、変わらぬ伝統を大切に守っていくことだけに集中するようになりました。ただ、宗苾は何か新しいことを実現してくれるのではないかと密かに期待しています」
一方、この時代に歴史ある香道の家の嫡男として生まれた宗苾氏はどう感じているのでしょうか。
三組盤競馬香、名所香、矢数香の3種類の組香の競技盤。競馬香は上賀茂神社の競べ馬、名所香は吉野の桜と龍田川の紅葉、矢数香は三十三間堂の通し矢をモチーフにしている。手前の競馬香盤では赤方、黒方に分かれて香を聞き当て、馬を前に進めて勝敗を競う。3馬身差がつくと後ろの騎手は落馬させる決まり。「いつから稽古を始めたのか、とよく聞かれるのですが、記憶にないのです。おそらく赤ん坊の頃から、家族や社中の人たちに囲まれて香というものを体感してきたのだと思います。自分の家の芸道について嫌だと感じたことは一度もない。自然に祖父や父の姿を見、この家でおこなわれてきたことを五感で感じてきたのですね」。
今回の献香式は、次の500年に繫げるための特別な節目だと宗苾氏は語ります。
「伝えるべきことが初代の精神なのは間違いありません。そこに19代の思いが積み重なって私がいる。新たな一歩を歩み始める準備が整いつつあります」。
源氏香図本『源氏物語』をモチーフにした源氏香は、組香で最もポピュラーなもの。これはその図本で、52パターンある香の組み合わせを源氏物語の巻名で表す。右上は源氏香別式畳(べっしきたとう)という香包で「雲隠六帖」を題材にしている。いずれも源氏絵が繊細な筆使いで描かれている。香道が生まれた時代、都は応仁の乱の戦禍を受けて荒れ果てていました。しかし、その時代に香道だけでなく、茶道、華道など現代の日本文化を代表する芸道が誕生し、花開いてゆきます。
“香の道”を継ぎ、生涯をかけ、ただ香に向き合ってきた宗玄氏は微笑みながら、「香木はいいですよ。香りは穏やかな時間をもたらすとともに、自分を発奮させる力を与えてくれます。人の生命力を湧き上がらせる部分があるのです。
今回、増上寺での献香式で蘭奢待を炷くことは、私たちの覚悟の証でもあります。すべての参列者にその香りを聞いていただくことは難しいのですが、その場で何かを感じ取っていただけることを願います」。
Information
志野流香道松隠軒(しのりゅうこうどうしょういんけん)
- 問い合わせ先Email:info@shinoryu.jp
増上寺献香式および 特別展「香道の世界」展
志野宗信没後500年を来年に控え、5月28日に増上寺にて献香式が執り行われます。そこで炷かれるのが、家木として守り継がれてきた蘭奢待。その前後2か月にわたり、志野流に伝わる香道具や香木の展示、聞香体験会、講演会を開催。先人が遺した“香りの逸品”に出合えます。詳細、お申し込みは上記、志野流香道松隠会ウェブサイトまで。
増上寺大殿本堂。撮影/平 剛 増上寺所蔵展覧会会期:2022年4月16日〜6月26日
場所:大本山増上寺 宝物展示室(大殿地下1階)
東京都港区芝公園4-7-35
TEL:03(3432)1431
開館時間:平日11時〜15時 土曜・日曜・祝日10時〜16時
休館日:火曜(5月3日、10日は開館)
入場料:一般700円
【参加者募集】家庭画報 特別聞香会のご案内
増上寺での蘭奢待献香式に参列、聞香を体験し、「香道の世界」展を解説付きで鑑賞できる特別聞香会を本誌読者10名限定で開催します。
(※当イベントは蘭奢待献香式に参列いただきますが、蘭奢待を聞くことはできません。ご了承ください)詳細・応募はこちら>>
〔特集〕天下の名香「蘭奢待」を聞く
01
天下の名香「蘭奢待」を聞く02
香道とは、そして志野流とは03
二十世から二十一世へ。“香の道”を継承する
この特集の掲載号
『家庭画報』2022年5月号掲載
撮影/小林庸浩 取材・文/福井洋子
『家庭画報』2022年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。